武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『白いうた 青いうた』 新実徳英作曲 谷川雁作詞 指揮栗山文昭、前田美子、榊原哲 (発売ビクターエンタテインメント2002/11/21)


 ここ何日か3枚のCDに納められた子ども向けの合唱曲を聴いて、その透き通った歌声に気持ちを癒され、今は亡き<革命詩人>谷川雁さんのことを偲んでいる。40年ほど前の私がまだ青年期の辺りで藻掻いていた頃、「詩がほろんだことを知らない人が多い」などと言う挑発的なセリフを吐いて、ランボーみたいに詩作をきっぱりとやめた詩人がいた。詩集を買い求めて読んでみたら、難解だが象徴性の強い暗喩に富んだ面白い詩だった。
 惹かれて評論集の類も何冊か読んでみたが、やはり難解な論理を展開するロマンチストぶりが気に入っていたが、思想の前線から撤退してしまった人なので、次第に現実感が希薄に感じられてきて、ある時、蔵書整理の折にまとめて処分してしまった。
 そんなかつての詩人が教育に強い関心を持ち、子ども向けの合唱曲の作詞をしているらしいと言う噂を聞いたが、何となく聞き流してしまった。ところが、最近になってまた谷川雁さんの作詞のことが話題になり、CDになっている合唱曲を聴いてみて、その素晴らしさに吃驚、遅まきながら3枚にまとまっているこのオリジナル版全曲集を入手して楽しんでいる。
 児童合唱団の新芽のような歌声を通して、かつて難解だった谷川雁さんの丸みを帯びた歌詞を聴いてみると、語彙と語彙の間にあいている裂け目が見えたり、意味から意味への飛躍が煌めく響きとなったりして、やはり昔取った杵柄は変わっていないな、と思うところもあり、抒情的な旋律の流れに乗った輝かしい言葉を聴いていると、難解さが美しさの衣装をまとって、聴覚の野をたゆたって老年期の枯れ野に穏やかな木枯らしが吹き抜けてゆく。哀調を帯びた曲が半分近く、沈み込むような甘美で悲痛な旋律に聴覚をゆだねている気持ちよさにいささか戸惑ったりしている。。
 詩は滅んだかもしれないが、歌にのせる言葉はまだ滅んでいなかったんだな、などと詰まらないことを呟きながら、雁さんが旋律に寄せて紡ぎ出した珠玉の言葉を内耳に響かせて楽しんでいる。CDは曲の配列を工夫して、様々にスタイルを変えながら、聴いていて飽きないような演出がしてある。私は、大人のオペラ歌手のような方の歌ったものよりも、本来の合唱曲らしく合唱として歌われたものの方が気に入っている。もし生きていたら、美空ひばりさんあたりに歌ってもらったらどんな感じかな、などと想像してみたりするのも楽しい。ヴァイオリンで演奏したのも聴いてみたが、何だか歌詞がなくなると物足りない。やはりこのこのオリジナル版全曲集3枚がベストだという気がしている。
 曲目を引用しておこう。

壁きえた/オリジナル版全曲集(1)
1. 十四歳
2. ともだちおばけ
3. 薔薇のゆくえ
4. 自転車でにげる
5. 南からの人々
6. 落葉
7. 島原
8. ぼくは雲雀
9. はたおりむし
10. ねむの木震ふ
11. 二十歳(はたち)
12. 壁きえた
13. こびとのひげ
14. アルデバラン
15. ふたりで
16. 砂よ
17. 就職
18. 北のみなしご

北極星の子守歌/オリジナル版全曲集(2)
1. 鳥舟
2. 春つめたや
3. 青い花
4. 夜と昼
5. ライオンとお茶を
6. 北極星の子守歌
7. 八月の手紙
8. 夢幻
9. ぶどう摘み
10. 傘もなく
11. なまずのふろや
12. とげのささやき
13. このみちゆけば
14. 火の山の子守歌
15. ぶどうとかたばみ
  ボスニア・ヘルツェゴヴィナ
16. わらべが丘


あしたうまれる/オリジナル版全曲集(3)
1. なぎさ道
2. 忘れ雪
3. いでそよ人を
4. ぼくという名のひとり
5. しらかば
6. 無名
7. 海
8. 南海譜
9. 火の粉
10. 盲導犬S
11. 高二の肖像
12. 卒業
13. 春
14. 中世風
15. 夏のデッサン
16. 恐竜広場
17. ちいさな法螺(ほら)
18. あしたうまれる
19. われもこう