武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 山手樹一郎のことがもっと知りたくて=関連図書三冊


 ふとした切っ掛けがあって、山手樹一郎の時代小説を再び楽しむようになった。思い起こせば、戦後の一時期、貸本屋が繁盛していた頃、山手樹一郎物は貸本屋の必須アイテムだった。「貸本キング」などと呼ばれてもてはやされたこともあったらしい。
 その作風を一言で言えば<明朗時代小説>、恋愛模様をプロットの軸にした作品が得意で、剣で紛争を解決することを好まないという、今から思えば可成りユニークな時代小説作家だった。最近、殺し合いを物語のクライマックスに据えるタイプの時代小説に少し食傷気味なので、山手樹一郎の長閑な時代ものを読んでいると気持ちが和む気がする。
 そこで、作家本人のことがもっと知りたくなって、随筆や評伝の類を捜してみたら、意外や意外、膨大な時代小説群に比較して、ほとんど何もないに等しいことが分かってきた。頑張って(笑)捜しまわった結果、やっと三冊がみつかったので、その概要を紹介しておきたい。
(1)『あのことこのこと―山手樹一郎随筆集』山手樹一郎著・井口朝生編(発行光風社出版1990/12/01)
 すでに亡くなられた方だが、自身時代小説家でもあるご子息の井口朝生さんが編纂された山手樹一郎随筆集『あのことこのこと』があった。これは、おそらく唯一の山手樹一郎随筆集だろう。内容は、全集刊行のおりに<しおり>に連載した長編随筆と、「入院四十八日」と題された俳句日記が二本柱になっている、折に触れての軽い感じのする随筆集となっている。小説以外にこの一冊だけとは、なんとも淋しい気がする。根っからの時代小説職人だったということか。次にその目次を引用しておこう。

あのことこのこと
古いノートより―時代小説の下ごしらえ
母の死をみつめて
恩師の出棺の日に−長谷川仲先生を億う
作家から見た読者
わが友山本周五郎君のこと
健筆家山本周五郎
雀のお宿−朝生におくる(そのニ)
生れるまで−朝生におくる(その一)
心あらたまる年に−新春粋人粋筆
まだ夏休み気分
池袋で買ったステッキ

うちの昧噌汁
入院四十八目
春雪忌
紅梅の鉢
山手樹一郎日記抄(あとがきに代えて)


(2)聞き書き山手樹一郎上野一雄著(発行大陸書房1985/06)
 これは現在たった一冊だけの山手樹一郎の評伝である。それも1冊全部が評伝ではなく100頁足らずの「聞き書き山手樹一郎」と題された作品が、そのすべて。戦後大衆文学を代表する大作家の評伝と言うには、若干物足りない感じが否めないが、資料的には価値のある記事が豊富な貴重な作品である。他にもページ不足を補う関連作品、詳細な年譜が付いているので参考になる。これが山手樹一郎評価の現実だとしたら、戦後、大衆の心を癒した大作家の遇し方としては淋しい気がするがどうだろう。その目次を引用しておこう。

聞き書き山手樹一郎(誕生/新鷹会発足/要会と新樹の会/作品の軌跡/終焉)
脚色された山手作品(映画化された山手作品/脚色うぐいす侍)
桃太郎侍道中(私見桃太郎侍」/小梅堀など)
山手樹一郎・年譜(伊藤文八郎制作・上野一雄補筆)


(3)『新樹―山手樹一郎生誕一〇二年記念号』(発行小池書院2002/01)
 これは山手樹一郎を中心に活動していた小説の勉強会<新樹>の会のメンバーが集まって作った記念誌。同人の作品のほかに山手樹一郎を巡る思い出の随筆や、樹一郎作品、アルバムなども掲載されており、これも数少ない貴重な資料となっている。ほかにも何編か、山手樹一郎を論じたり、作風に触れたりした文章を見たことはあるが、まとまったものは見たことがない。以下に本書の目次を引用しておこう。

発刊の辞−郡順史
山手樹一郎を偲ぶ】
仇討ごよみ(山手樹一郎)
山手樹一郎随想集あのことこのこと」より
<随筆>
美味求心(伊藤文八郎)
先生と俳句(郡順史)
我が師 (中村豊秀)
山手先生にはじめてお会いした日(松永義弘)
泥いじり(水野泰治)
山手樹一郎先生と「新樹」の同人たちと私(野村敏雄)
白塗りの山手先生(平岩弓枝)
山手樹一郎年譜
山手樹一郎映画化作品
【アルバム】
山手樹一郎―家族と同人と
山手樹一郎生誕102年「新樹の会」同人作品集】
石垣(木屋進)
戯作者の死(郡順史)
銀座煉瓦街始末(長岡慶之助)
山が呼ぶ(中村豊秀)
名護屋浦物語(松永義弘)
梅雨あがる(水野泰治)
かつ女覚書(井口朝生)
目明かし松五郎の晩年(野村敏雄)
執筆者プロフィール

 今読んでも、山手樹一郎の時代小説は充分面白いので、作品だけが生き残って行くのは大衆文学作家としての、あるべき姿なのかもしれないが、チト淋しい気がしたことだった。 
(追伸)山手樹一郎を論じた文章を3本、追加しておきます。
春陽堂山手樹一郎長編時代小説全集1巻『桃太郎侍』の解説
 山手樹一郎文学の位置・・・尾崎秀樹
 文句なしの力作です。
講談社大衆文学館文庫コレクション『夢介千両みやげ上下巻』の解説
 人と作品・・・木村行伸
 概説としてよくまとまっています。
③角川文庫『時代小説の読みどころ増補版』縄田一男
 山手樹一郎/死してなお
 山手文学の核心に言及しています。


 もう一つ大事な雑誌の追悼号を追加しておこう。長谷川伸がはじめた小説の勉強会「新鷹会」が発行していた「大衆文芸」という同人誌の(昭和五十三年)七月号で、山手樹一郎追悼号を出していた。1978年3月に79歳で亡くなっているので、半年後の追悼号である。言ってみれば、机を並べた勉強仲間の追悼文集だが、追悼という一度しかない機会にであって溢れだしてきた在りし日の思い出話が集められていて興味深い。山手樹一郎の人柄を知るうえで良い資料になっている。目次を引用しておこう。

山手氏のこと(村上元三
山手氏と「譚海」(大林清
有難う御座いました(山岡道枝)
父との付合のはじまり(井口朝生)
祖父のこと(石塚慶太郎)
「少女世界」のころ(高森栄次)
負い目はいつまでも(萱原宏一
二度目の第一号(角谷奈良雄)
痛惜の人山手先生(矢貴東司)
父親のような山手先生(林幹彦)
花の雨(悼句)(陣出達朗)
偉大なる山手樹一郎文学(武蔵野次郎)
山手さんの文学(真鍋元之
交誼四十五年(大庭鉄太郎)
かなめ会のこと(上野一雄)
師事兄事(横倉辰次)
みかん(江本清)
お世話になりました(穂積驚
薫風夢佇(泉漾太郎)
おじさんご夫婦(谷屋充)
和泉屋で(鹿島孝二
一合の酒(山田克郎
ペリカンが泣く(花村奨)
山手さんと私(武田八洲満)
翳りのない小説(赤江行夫)
金言一語(木村学司)
詰まない詰将棋(新井英生)
山手樹一郎句抄(コラム)
山手樹一郎言行録(コラム)


 「大衆文芸」昭和44年(1969年)5・6月合併号に、山手樹一郎の古希を祝う特集がみつかった。特記するほどの内容ではないが、作家仲間の思い出話が収録されていて、山手樹一郎氏の人柄がうかがえる内容となっている。椿山荘における古希祝賀会のスナップがとてもうれしそう。

山手樹一郎特集
私の生甲斐(山手樹一郎
<古希を祝って>
 山手さんと私(山岡荘八
 要町に往む友人(村上元三)
 古稀の兄貴(鹿島孝二)
 博文館のころ(高森栄次)
 山手氏と日本作家クラブ(佐文字雄策)
山手樹一郎氏の人と文学(真鍋元之
山手樹一郎氏の七十年の歩み(年譜)
「山手さんの古稀を祝う会」の記
古稀を祝う会・スナップ集

ほかに資料が見つかったら追加してゆくつもりです。