武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 戦後最大の歌人にして前衛短歌の巨星墜つ、塚本邦雄氏の死去を悼む 「定本塚本邦雄湊合歌集」(文芸春秋)

toumeioj32005-06-20

 去る6月9日、歌人塚本邦雄が亡くなったとの報、84歳だったという。また一人、同時代の偉大な先人、言語表現と時代の感性のお手本にしてきた方が、深い河の向こうに渡られた。何という寂寥、気持ちのどこかで静かに発生する微細だが鋭い痛み、喪失感。すべてのものを押し流す時の非情の流れの音が耳の奥で透明な木霊となってかすかに響く。ご冥福を祈りたい。
我が聴覚は製氷皿に舞い戻れ 
皇帝ペンギンと共に1分間の黙祷を捧げよう 
さらば緑の黙示録

 何年か前に図書館で塚本邦雄全集(15巻)を手に取ったことがある。歌集や短歌の本などで何度も読み、感嘆してきた歌人だが、何度かの蔵書整理の折に手放してしまい、再び強く読みたい気持ちが湧き上がってきたのだった。借り出しては見たものの読み続けられずに返却日がきてしまい、残念だったのでまとまったものを手元に置きたくなり、思い切ってこの「定本塚本邦雄湊合歌集」を購入した。定価は3万円だがインターネットで探し出し半額以下で入手した。
 内容は、本巻と別巻との2分冊になっていて、別巻は全首の索引、あいうえお順にびっしりと詰め込まれている。
 本巻の方は、1500ページを越える厚い作り、51年の第一歌集 水葬物語から79年の第十二歌集 天変の書までの全12冊の歌集をすべて収録。あまりの分量と圧倒的な量感に圧倒され、塚本邦雄はこれ一冊で当分いいかなと思わされる。本巻1冊で何と2400gですよ(測ってみたんです笑)、別巻と合わせると産まれたばかりの新生児の体重と同じほどに重い、手軽に持ち運べる本じゃない。塚本邦雄の仕事がこの重さか。
 私にはもとより塚本邦雄の短歌を語る資格はないが、一ファンとして勝手なことを言わせてもらうなら、その言葉遣いのかっこいいこと無類に思えた。一首一首に使われているフレーズが新鮮で切れがよく少しバター臭いが極度に洗練されていて、真似てみようという気すら起きないほど鮮烈だった。初めて知った20代の学生にとって「水葬物語」「装飾楽句」「日本人霊歌」「水銀伝説」「緑色研究」などの歌集は、衝撃を与えないはずかなかった。頭の中の伝統的な短歌の世界が、切れ味のいいナイフでずたずたに切り刻まれるようの痛みと快感を伴う驚愕だった。あれから数十年、いくばくかの時は流れ、橋の下を夥しい水量が流れ、再び戻ることはない。
 あの頃の衝撃力はやや薄らいだものの、塚本邦雄の言語パワーは、私にとっては今も十分に威力を持って響いてくる。この人がいなければ、寺山修司も春日井建も出てこなかった気すらする。素晴らしい言語刺激と言語体験をありがとう。