武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『太陽の都』トマーゾ・カンパネッラ著 近藤 恒一訳(岩波文庫)

toumeioj32005-12-23

 文庫の表紙にある解説がとても分かりやすいのでまずその部分を引用する。「スペイン支配下南イタリア独立を企て挫折した自らの改革運動の理想化の試みとして,カンパネッラ(1568―1639)が獄中で執筆したユートピア論」。西欧社会が封建社会から近代社会への過渡期にあった時代、新たな時代の社会像を模索していくつものユートピアの構想が生まれた。「太陽の都」は、ルネッサンス後期のイタリアから生まれたユニークでプリミティブな共産主義思想の素描。
 カンパネッラは当時のイタリアを支配していたハプスブルグ家の専制支配体制にとってよほど煙たがられた人物だったらしく25歳から60歳までの間になんと32年間も幽閉および獄中の生活を送った人、しかもそんな不自由な生活をしながら信じがたいほどの不屈の意思を貫いて、大量の著作を残した哲学者。そんなルネッサンスの巨人が自分の政治思想を紹介する軽い読み物として対話形式で書いたのが本書、だから、とても読みやすい。
 内容が多岐にわたるので、まず目次を引用しよう。

1 都の建築的構造
2 都の統治形態
3 政体・職務・教育・生活形態
4 性生活
5 軍事
6 仕事
7 食事と健康法
8 学芸と役人
9 宗教と世界観
10 世界の現在と将来

 平和と秩序ある世界を希求していたらしく、都の構造は鉄壁の要塞都市の構造をもつ。何十にも防御された壁にはいろいろな知識と情報が描かれていて、防衛と教育と文化の機能を兼ね備えているところがなんとも微笑ましい。冒険アニメの背景にすると面白いかも。
 続いて、「形而上学者」を頂点とする、愛らしい統治形態、官僚制度のプリミティブな理想像が描かれていて読んでいて微笑ましい。この都の生活を支える経済活動、特に生産の場面が出てこないは、やはり生産者ではなかった知識階級の弱点か。後で出てくる仕事の章でも、出てくるのは農業だけ、そんな時代だったのかしら。徹底した平等と私有財産否定の考え方が全体の基調をなしている。
 そして、第4章に唐突に「性生活」つまり男女関係と生殖、育児、快楽の共有制が、おずおずと保留条件付で出てくるところがなんとも可笑しい。優生思想がむき出しで出てくるが、あまりの素朴さに笑ってしまうほど。
 そして、性生活の次に軍事ですよ。順序として、凄く正しい並び順だと思いませんか。すでに、近代への過渡期にありながら、想定されている戦闘形態が古代ローマ時代か揶揄したくなるほど古すぎる。ユートピアがどこにもない場所と言う意味だと言うことを、つい思い出してしまう。現実離れしすぎていて微笑ましい。
 全体に占星術に依拠する箇所がすこぶる多い。そのような世界観に生きた時代の夢物語として読むと楽しい。見方を変えると、鉄壁の城壁に囲まれた秩序の張り巡らされた統制社会にも見えてくる。ユートピアが一歩誤ると容易にディストピアに変貌することを、私達は20世紀の歴史からすでに学んでいる。
 古い時代の、古い理想主義に触れてみるのもいい経験になります。時間があったら読んでみて。私達の歴史は、ずいぶん先にまで進んできたんだと言うことが実感できます。