武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『負け犬の遠吠え』酒井順子著(発行講談社)

toumeioj32006-05-20

 定年退職して収入の源が細くなった活字中毒患者にとって、図書館とbookoffは格好の遊び場、週に一度は顔を出し何か面白い本はないかと寄り道を楽しむ。今回はbookuoffの100円コーナーで見つけた流行おくれのベストセラーエッセイ「負け犬の遠吠え」が面白かったので取り上げてみよう。
 3年ほど前になるが、その年の流行語に挙げられるほど、<負け犬>という言葉が流行った。意味は、30歳を過ぎた子供のいない独身女性、普通の家庭というものを築いていない人のこと。少し考えてみると生物学的にはこの定義は極めてリアル、確かに、子孫を残すことに失敗している状態のメスは、種としては負けている固体として評価するのが妥当ということになるわけですが・・・。
 さて、読んでみた第1印象は、すごく面白かったということ、にんまりと笑える記述が随所にあり、しかも可なりブラックな苦味のあるユーモアに溢れていて、負け犬であろうがなかろうが、現在のこの国の息苦しさを見事にとらえていると言ったらいいだろう。一歩間違えると、非難の石つぶてが飛んできそうなことを、さらりと嫌味なく書いてしまうという才筆、とにかく文章が上手い。そこで、面白いと思ったポイントを箇条書きにして整理してみよう。
 ①酒井さんの表現が的確で、下手をすると著者自信を切り刻みかねないほど鋭い表現が、いたるところに散りばめられていて、まずそれが面白かったこと。例えば「イヤ汁」が滴るという言葉、この本で初めて知った言葉だが、滲み出た嫌味や嫌らしさが濃縮して液体化、悪臭を発しながら滴り落ちるようだという、物凄い比喩表現、著者は感覚的に嫌だなと思った女性達のファッションや言動、振舞い方に対して、この表現を連発する。こんな物凄く否定的な言葉を、なんだか軽い感じでよく使う、しかも、自分自身を客観視しつつそれほど自虐的な様子でもなく連発、凄い表現力と舌を巻く。
 ②著者は35歳を過ぎて40歳未満の未婚女性を座標軸にして、それ以外の男性女性を見事に差別化、鮮やかな表現で切り取り35歳以上40歳未満の未婚女性の立場を浮き彫りにする。35歳以上40歳未満の未婚女性が、なぜこのようの座標軸になるのか、その点は分からないのだが、多分、著者自身の置かれているスタンスという程度の大したことない理由なのかもしれない。
 ③負け犬の発生の原因、負け犬の特徴、負け犬の処世術、この3つの章における分析が、この本の白眉、こんなに多様な角度から<30以上40未満独身女性>を面白可笑しく、話のネタにできるのは、やはり著者の類稀な表現力と観察力があってのこと。ただ、私が独身男性だったら、やっぱり話題になっているような「負け犬」さんとは仲良く付き合ってもいいが、多分プロポーズはしないような気がした。これを読んで<負け犬>さんが怖くなった。
 ④ひょっとすると、「負け犬」とは、豊で平和で文化的に爛熟したこの国のこの時代の、文化現象なのかもしれないという気もする。ここから、文化的に優れたものが他にも生まれてくるか、楽しみに見守って行きたい。
 この本のアウトラインを知るために目次を引用する。

余はいかにして負け犬となりし乎
負け犬発生の原因
負け犬の特徴
負け犬の処世術
負け犬と敗北
負け犬にならないための10ヵ条
負け犬になってしまってからの10ヵ条

 お読みになっていない方には、文句なく面白いのでお薦めする。妙齢の独身女性を見る目が、少し変ってくるかもしれません。私は、彼女達を理解する沢山のキーワードをいただいたような気がしました。