武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

『悪の華』ボードレール著 安藤元雄訳(集英社文庫)

toumeioj32006-11-06

 詩集「悪の華」の翻訳は数多い。私が読んだものだけでも、堀口大學金子光晴鈴木信太郎福永武彦阿部良雄安藤元雄、この6人分もある。どれか1冊でいいのにどうしてこんなにあり、沢山読んでしまったのだろう。どれを読んでも、何だかしっくりこないというか、もどかしい思いをぬぐいきれなかったから。
 日本語の翻訳で読むことの宿命なのか、言葉の意味や喚起される映像として、表現されていることが上手く伝わらないような気がして、結果として何冊も読む羽目になってしまった。そして、今現在の時点では、私としては安藤元雄さんが訳した「悪の華」が一番分かりやすいのではないかと考え、お勧めする次第。解説に「翻訳にあたっては、できる限り平明な口語訳をめざしながら、文意だけでなく、原詩のもつ有機的な内部構造をなるべく正確に写し取ろうとつとめた。」と記している通り、驚くほど読みやすい。
 この安藤訳を読んでいて、ああ、こう言う意味だったのかと、もやもやしていたものが晴れるような気がすることが何度もあった。これは、これまでの翻訳では味わえなかった読み味だった。そして、この読み味こそ、まだお読みになっていない方にお薦めできるポイントだと思う。
 ボードレールは、詩集を発行するに当たり、詩集の全体の構成に気を使い、全体を通して読まれることを強く期待してこの詩集に何度も手を加えていたらしい。ところがこの詩集、一気に読むにしてはあまりにも厚く、分量が多い。すっきりした印象で読み終えることが不可能な分量。高校生ぐらいの時、初めて手にした鈴木信太郎訳のものなど、何度途中で投げ出したことか。漢字の使用頻度が高く、使われている漢字が漢詩調で難しく、いまでもとても通読する気になれない。
 さて、詩集「悪の華」の全体像を眺めるために、安藤訳の目次を引用してみよう。

悪の華(一八六一年版)目次

読者に

憂鬱と理想

<芸術詩編
1祝祷 2あほうどり 3高みへ 4万物照応 5(無題) 6かがり火 7病めるミューズ 8身を売るミューズ 9不出来な僧侶 10敵 11不遇 12前世の暮し 13旅を行くジプシー 14人間と海 15地獄のドンジュュアン 16傲慢の罰 17美 18理想 19巨大な女 20仮面 21美への賛歌

<恋愛詩編
《ジャンヌ・デュヴァル詩編
22異国の香り 23髪 24(無題) 25(無題) 26(まだ飽きもせず) 27(無題) 28踊る蛇 29腐った死骸 30(深き淵よりわれ叫びぬ) 31吸血鬼 32(無題) 33死後の悔恨 34猫 35果し合い 36バルコニー 37憑かれた人 38まぼろし 39(無題) 40(いつも変らず)

《サバティエ詩編
41まるごと全部 42(無題) 43生きた炬火 44功徳の恵み 45告白 46霊のあけぼの 47夕暮のハーモニー 48香水壜

《マリー・ドーブラン詩編
49毒薬 50曇り空 51猫 52美しい船 53旅へのさそい 54取り返しのつかないもの 55語らい 56秋の歌 57あるマドンナに

《傍系女性詩編
58午後の唄 59シジナ 60(わがフランソワーズヘのほめ歌) 61あるクレオールの貴婦人に 62(悲しみにくれてさまよう女) 63幽霊 64秋のソネット

<憂鬱詩編
65月の悲しみ 66猫 67みみずく 68パイプ 69音楽 70埋葬 71幻想的な版画 72陽気な死人 73憎しみの樽 74ひび割れた鐘 75憂鬱 76憂鬱 77憂鬱 78憂鬱 79強迫観念 80虚無の味覚 81苦しみの錬金術 82恐怖の共感 83自分を処刑する人 84救われないもの 85時計

パリの情景

86風景 87太陽 88赤毛の乞食娘に 89白鳥 90七人の老人 91小さな老婆たち 92盲人たち 93通りすがりの女に 94地を耕す骸骨 95夕べの薄明 96賭博 97死の舞踏 98いつわりヘの愛 99(無題) 100(無題) 101霧と雨 102パリの夢 103朝の薄明

104酒の魂 105屑拾いの酒 106入殺しの酒 107孤独な男の酒 108愛し合う二人の酒

悪の華

109破壊 110殉教した女 111地織に落ちた女たち 112仲のよい二人の姉妹 113血の泉 114寓意画 115ベアトリーチェ 116シテールヘの旅 117愛の神とどくろ

反 逆

118聖ペテロの否認 119アベルとカイン 120サタンヘの連祷

121愛し合う二人の死 122貧しい者たちの死 123芸術人たちの死 124一日の終り 125好奇心の強い男の夢 126旅

禁断詩論

・宝石 ・忘れの河 ・あまりに快活な女に ・レスボス ・地獄に落ちた女たち ・吸血鬼の変身

 先頭に置かれたこの詩集スタートの合図となる<読者に>にはじまり、<芸術詩編>から<恋愛詩編>へ、<憂鬱詩編を>を経て<パリの情景>で時代を描き、<酒>、<悪の華>、<反逆>とたどって、最後に<死>の詩編で幕を閉じる。確かに考え抜かれた構成といえる仕組みになっている。勿論、恋愛詩編が最も充実していることは言うまでもない。
 私の場合、この安藤訳を得てはじめてこの全体を意識して読むことができた。これまで読みたくても途中で投げ出すか途切れ途切れに読んで印象の希薄だった人、この訳を是非お試しあれ。