武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『ダブルオー・バック』稲見一良著(新潮文庫)

 大藪春彦のほとんどの小説から、ガンとクルマを外したら、その魅力の大半が失われてしまうであろう。クルマがこの社会の文化の一端を象徴するように、ガンもまた人間社会の文化の一端を象徴してしまうような気がする。使い方を一つ間違えると、悲惨な結果を招きかねない危険を秘めているために、所持する人に一定の厳しいモラルを要求するところが似ている。

 連作短編形式の本書を語るにも、やはり、ガンの持つ独特の魅力抜きには語れない。ウインチェスターM12、ポンプアクションの6連発ショットガン、何だか怖そう、例え猟銃であっても、実物を見たことがある人は分かると思うが、ズシリくる独特の金属の重さプラスアルファ、一瞬にして生き物を粉砕する威力を秘めるが故の不気味な存在感、そんな散弾銃が、人生の機微にかかわる伝説をまとっているとなると、十分に物語の推進力になりうると言うもの。
 四篇の短編の重要な道具立てとして、この銃が出てくるだけでなく、対話だけでできている断章が、巧妙に各短編の味わいを深めつつ、物語と物語をつなげる役割を果たしている。いわゆるオムニバス形式、それぞれ独立した作品を集めて何らかのテーマなり何なりの共通点をもとにまとまりを持たせものにあたる。時代小説などには、一編一編は独立した短編でありながら同じ主人公で書いてゆく連作形式がよくあるが、この本では登場人物が全部違い、味わいも各編で違う。

 第1話 オープン・シーズン、独特の射撃スタイルにこだわる国際級の射撃選手の猟と競技と恋愛のほろ苦い物語、主人公を蝕む癌の悲惨さがストーリーの背景となっており、味わいは苦く暗い。大人の味と言えなくもない。
 第2話 斧、都会を捨てた父とその息子の、人の生き方を伝えようとする親子の家庭教育物語。父親が山道で銃で撃たれる事故のところが不自然で、相当に無理があるが、味わいは爽やか、自立に向かう少年の父を思うをけなげさが可愛い。薄味だが、さっぱりとした出来の一編。
 第3話 アーリィータイムス・ドリーム、お客に愛される気のいいスナックのマスターが、悪徳金融業者と悪徳養豚業者を相手に、探偵を気取って奮戦する、極めてバター臭い味わいのコメディータッチの一編、主人公をちょっとドジだが陽気な人好きのする性格に設定したところがよかった。ストーリーの起伏、文体の気取り方、この本の中では一番味わい深い出来上がり。登場する夏子さんの役どころがとてもいい。
 第4話 銃執るものの掟、病み上がりの炭焼き老猟師と追われる殺し屋の山中の逃避行、連作を締めくくるにふさわしいまとまりの良い一編、本の一筋の未来を残して物語の幕が閉じる。渋い味わいの一編。
 短編集を読む時、一編を読み終わるたびに、次の物語に気持ちを切り替えて、新たな作品を読むのは、種類の違う料理を少しずつ味わい分けるのに似て、長編にどっぷり浸りきるの違う、別の満足感があるものだ。この本は、短編集のそんな味わいをしっかりと伝えてくれる一冊、調べてみると新刊では手に入らないらしいのが残念。傑作一歩手前の秀作、若い人に是非読んで欲しい。amazonの古書なら安く手に入るよ。