武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『冒険小説論−近代ヒーロー像100年の変遷』 北上次郎著 (発行早川書房)

 冒険活劇に満ちた面白小説を楽しむだけでなく、比較したり並べ替えたりして、チト理屈っぽく楽しんでみたいという、薀蓄派の人には、応えられない内容の本。四六版のハードカバーで529ページ、書名作品名と著者名のしっかりした索引が巻末についている力作。

 あとがきを読むと、ミステリマガジンに長期連載したエッセイをまとめたものが主な内容らしいが、十分に時間をかけて書かれただけあって、扱われている物語が膨大なだけでなく、論点の立て方も多様。最初に大きな柱があって、それに沿って書かれた本ではないので、切り口が沢山あり、どこから読んでも気楽に読める。
 近代社会が始まってから100年間にかかれた娯楽小説を、大衆から歓迎されたヒーロー像に焦点をあて、多種多様な切り口から分析しているので、一本、太い背骨が通っている本。読んで面白かった本について、誰かと議論してみたくなった時、時間と小銭があって楽しい時間が過ごしたい時、この本を道案内にして、本のサイトを検索して歩くと、きっと良い物が見つかるのではないか。
 論旨は明快、確かに読んだことのある人にしか書けない、内容の細部にまで目配りの効いた評価を織り交ぜながら、読みやすい文体で、興味深い論点を次々と展開してくれる。話の進め方自体が冒険的でスリルに満ちていると言えばいいか。常に本の面白いところをきちんと外さずに捉えているところが何とも凄い。面白い本は、誰が読んでも面白いのだが、その面白さを人に分かるように書くとなるとそう簡単ではないのである。どこが、どう面白いかとなると、個人が前面に出てしまい、人様々となってとたんに説得力がなくなってしまうものなのだ。北上次郎さんは、そんなハードルを見事にクリアーしているお1人。
 北上次郎さんは、信頼できる書評者として、新聞雑誌テレビなどの書評ブックガイドなどで、お世話になってきたが、この本は、読書好きに是非お薦めしたい。内容が多岐にわたるので、例によって、目次を全部、ご紹介する。いくつかの興味のあるお題が見つかった人、古本でしか入手できないが、是非読んでみて欲しい。
 内容は大きく分けて、1部が外国もの、2部が水滸伝関連、3部が国産もの。歴史のある外国ものへの目配りが並大抵ではない。国産ものへの読み込みもなかなか、目次を拾い読みするだけでも楽しい。

《Ⅰ》
近代ヒーローの誕生
ドイルと騎士道小説
大観光時代
荒野に立つヒーロー
ハックルベリーの旅
西部辺境の男たち
十九世紀イギリス補遺
芥溜のパリ
デュマの剣豪小説
科学の冒険
愛国主義者ルパン
『紅はこべ』と『スカラムーシュ
騎士道の消滅 
スパイ・ヒーロー、登場
不安と疑惑の時代
クリスティーの冒険
ジョン・カーターとターザン
無人島の少年たち
海の男ホーンブロワー
マクリーンの戦後
イギリス海洋小説補遺
不信のヒーロー
フランスのスパイ活劇
ジョバンニと暗黒小説
スピレインの亡霊
自警団ヒーロー、ボラン
スペンサーの饒舌
悪党パーカーの栄光
ライアルの場合
七〇年代の壁
現代の秘境
キャスリンとカイル
工作員の冒険
謀略小説の時代
ラドラムとカッスラー
フランシスの復活
《Ⅱ》
水滸伝』の世界
ふたつの『水滸伝
《Ⅲ》
南総里見八犬伝』の世界
政治小説の時代
黒岩涙香の翻案小説
巌谷小波の少年小説
武侠の冒険
立川文庫と講談
「新講談」の時代
少年倶楽部」の時代
高垣眸の海
密林のヒーロー
軍事冒険小説の行方
日本伝奇小説の系譜
国枝史郎と講談
伝奇小説の黄金時代
昭和十年代の壁
宮本武蔵』への道
『赤い影法師』の衝撃
講談『柳生武芸帳
風太忍法帖におけるロネスク
伝記小説の伝統
隆慶一郎が残したもの
ヒーローの善意
机龍之助の皮肉
丹下左膳の場合
長谷川仲と流れ者ヒーロー
眠狂四郎の剣
海のロマン
大藪春彦の意味
八〇年代のオデッセイア
夢枕獏の彼方