武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『明治の探偵小説』 伊藤秀雄著 (発行晶文社1986/10/25)


 子どもの頃の貸本屋が繁盛していた遠い昔から、ミステリーや探偵小説が大好きだった。この嗜好は今も変わらず、多分今後も変わらないような気がする。この興味が広がって、ミステリーや探偵小説の文化史的な展開にも興味があり、歴史の中に埋もれている忘れられた傑作探しにも食指が動く。
 江戸川乱歩らが活躍した新青年あたりからの歴史は、比較的知ってはいたが、それ以前の特に明治の時代の事となると、よく分からない闇の中だった。この本は、そんな明治の頃の大衆文学の一角、探偵小説の周辺を克明に鮮明によみがえらせてくれる素晴らしい労作、類書が他にない貴重な物なのでご紹介したい。
 近代文学史などを読んでいると、ほんの僅かのページを割くだけで、ほとんど存在しなかったかのような扱いを受けてきた大衆的な読み物だが、最近少しずつ復刻されたりして、やっと本当に面白い物は復活の兆しが見えてきた。いわゆる純文学だけが文学ではないので、こういう地道な仕事は本当に貴重である。
 本書の最大の特徴は、
 ①個々の作品の内容についての詳しい概要が丹念に書かれていること、従って、面白いと思ったら、探し出すきっかけをつかめるという点にある。ここまで書くには、実際に入手して読んでいなくてはとても出来ない仕事、40年に及ぶ蒐集と乱読の結果と記されているが、かけた時間とコストには頭が下がる。心底好きでなくては出来ない仕事だ。
 ②しかも、どの程度の面白さなのか、数値化されてはいないが、著者による評価がきちんと記されていること、文化史の記述には、掘り起こすだけではなく、的確に評価しなおすことも大事なので、この点にも注意が行き届いており、評価の尺度にもうなずける点が多かった。
 ③出版文化史から見ると、純文学も大衆文学も活字メディアと言う点では、土俵は同じであり、出版社の意向で、硯友社関連の純文学作家も随分、探偵小説にチャレンジしていたことだった。今も昔の変わらないと言うことか。
 ④翻訳物や冒険小説、伝奇小説など、探偵小説的な味付けのある周辺の大衆小説にまで、幅広い射程をとてちるので、一面では明治の大衆文学史としても読める仕組みになっている。
 ⑤挿し絵や書影がたくさん挿入されている。貴重な書籍という認識がなく、粗末に扱われやすい物なので、傷みがひどいという記述があった。よく残っていたと感心する。挿し絵を見ると、先立つ江戸の浮世絵などの影響が伺われ、その点でも画像は興味深い。
 最後についている、詳細な索引と年表が、本書の資料的な価値を高めている。目次を引用しておこう。

はしがき
序説―黒岩涙香から横溝正史まで
第一部 日本探偵小説事始
 第一章 涙香以前―成島柳北、神田孝平、三遊亭円朝 
 第二章 黒岩涙香の活躍
 第三章 探偵小説論―黒岩涙香内田魯庵島村抱月
第二部 花ひらく明治ミステリー
 第四章 森田思軒と春のや朧 
 第五章 涙香につづく人々―丸亭素人、快楽亭ブラック南陽外史
 第六章 探偵実話の流行
 第七章 硯友社の「探偵小説退治」
 第八章 創作探偵小説の展開―半井桃水尾崎紅葉、多田省軒
 第九章 押川春浪武侠冒険小説
第三部 翻訳小説篇
 第十章 涙香以後の翻訳―徳富蘆花、柳圃散史、原抱一庵 
 第十一章 乱歩の先駆者―菊池幽芳、暁風山人、羽化仙史 
 第十二章 怪盗ルパンとソーンダイク博士 
 第十三章 『新青年』創刊まで 
あとがき 
明治探偵小説年表/索引

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