武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『別冊太陽 発禁本3部作』 構成・米沢嘉博/文・城市郎、米沢嘉博 (発行平凡社1999/7/1〜2002/2/10)

 この国の出版文化について調べていて、明治以降の出版史の背後に、国家権力との出版の自由をめぐる長い軋轢の歴史があることが気になっていた。また、マンガの戦後史を調べていて、米沢嘉博というマンガ研究者の重要性を再確認した。この二つのテーマが、米沢嘉博の発禁本研究で、一つにぴたりと重なった。発禁本研究の第一人者である城市郎という人物と米沢さんが協力して編纂した『別冊太陽 発禁本3部作』を紹介したい。
 出版文化のいわば裏側に光を当てたシリーズだが、予想外に奥行きのある膨大な世界であることにまず驚いた。基本的には、①その時代の国家権力による言論弾圧によって発生した<政治的思想的発禁本>と、②同様に国家権力による発禁処分を受けたものだが<ポルノグラフィー的性的発禁本>の二つに分けられるが、多様な創意工夫に満ちた出版形態を絡めると、やはりこれも一つの出版文化と言わざるを得ないような豊かな世界が広がっていた。
 時代を生きた人々の自由と反権力への強い思いと、好奇心と快楽への飽くなき探求心が原動力となり、実に多様な地下出版世界を作り上げている。このシリーズがなければ、一般人にはほとんど知る機会すらなかったと思われる、希少な裏文化が、大判ムックのビジュアル版で目にすることが出来るようになったことは大変に素晴らしい。
 米沢さんがあとがきに書いておられるが、この3冊にも著作権者の協力が得られず、収録できなかった書籍が相当数残っているらしい。また、存在したことは知られているが、書影で確認できない失われた伝説の発禁本もあるらしい。どんなものか、見当もつかないが、この3冊の背後にまだ何らかの発禁本の隠れた世界があると言うことはさらなる驚きである。

 シリーズ3冊をまとめて紹介したいので、個々の内容は、引用する目次でつかんで貰いたい。まず、1巻目、これは発禁本蒐集の第一人者である城市郎さんの個人コレクションのみによって構成されたもの、発禁本の歴史と概要を総括的に提示している。この国の近代現代史100年の裏の出版文化といえようか、驚くほど大量の画像を収録しているので、簡単には読み通せないが、珍しいものばかりなので好奇心は十分に満足する。

発禁本Ⅰ[発禁本]−明治・大正・昭和・平成−城市郎コレクション
構成・米沢嘉博/文・城市郎米沢嘉博

発禁本大集成―出版文化、闇の扉を開く―米沢嘉博

近代の中の受難―明治時代の発禁本の系譜
 明治新政府と言論恐怖時代の幕開け
・反骨の才人・青柳有美
・「大逆事件」と<主義文献>摘発

モダンとデモクラシーの裏側―大正時代の発禁本と宮武外骨
 大正デモクラシーと文学の受難
  翻訳文学/日本文学
・発禁の記録保持者、奇行で鳴らした宮武外骨
関東大震災と安寧禁止

性科学の夜明け―学問と研究と色道と
 性科学から変態研究へ
・古代印度の性典『カーマシャーストラ』
・赤裸のセックス・レポート「相対会」と小倉清三郎
・十七文字の艶句『末摘花』
  江戸風俗と好色研究―/遊廓と花柳界
・娼妓の心得『廓読本』
  好色民俗学事始

昭和艶本時代の珍書屋群像―梅原北明とその仲間たち
 活字のエロ事師梅原北明と珍書出版
  「文芸市場」/「カーマシヤストラ」/「グロテスク」
 参文芸市場社
・装帳から魔術考証まで奇才・酒井潔
  文芸資料研究会/文芸資料研究会編輯部/発藻堂書院・南何書院・東欧書院/温故書屋・国際文献刊行会
  風俗資料刊行会/芸術市場社・日本風俗研究会/日本文献書房・書局・梨甫/大木黎二関係出版社
  紙魚の世界社/世界珍籍選集刊行会/二七書房
・珍書屋競演愛の奥義書
  地下春本
・異端の責め絵師・伊藤晴雨
・叉悪書沁自家製造家、凸凹寺法主・久保盛丸
・砂山岳紅『人間研究』と人間の味

政治と思想の弾圧―アナ・ボル・テロと安寧禁止
吹き荒れる軍国主義の嵐
  コミュニズム
・滝川幸辰『刑法読本』と学問の自由
・右翼テロとファシズム
  リベラリズム/時代の足音
・大本数と<不逞思想>

エロ・グロ・ナンセンス時代―都市大衆の享楽と欲望の抑圧
 エロ・怪奇・猟奇―華開く大衆文化
・猥雑学の大家谷村黄石洞の『夢判断と夢の研究』
  猟奇の時代相/写真と絵画

昭和の御世の文学の発禁―プロレタリァ文学・純文学・大衆文学・翻訳文学から耽美・戦記物まで
 暗黒の言論ファッショ時代
  日本文学/プロレタリァ文学/大衆小説/詩集・岩波文庫
・林礼子の『男』『火焔を蹴る』
  翻訳文学/戦記文学

敗戦―出版物新時代の夜明け
 戦後焼け跡のカストリ雑誌―民主的自由と発禁新時代
・百花捺乱のカストリ雑誌時代
  「でかめろん」「りべらる」「猟奇」「共楽」「赤と黒」「マダム」
  「ジープ」「好奇実話」「ロマン文庫」「サロン」「うきよ」「ハレム」「地獄」
  「ナイト」「夫婦生活」「奇譚クラブ

性愛出版物の表と裏―高橋鐵の性学と会員制出版物
 会員制性科学雑誌高橋鐵
・性心理学の泰斗高橋識
  「SEISHIN REPORT(生心リポート)」 日本生活心理学会会員頒布図書
・性生活の会員制記録雑誌「生活文化」
芋小屋山房の大珍書『女礼讃』
・『寝室宝典』などに学ぶ性生活の秘技

戦後文学の猥雑なるもの―文学における摘発の事件史
 世相を映し出す摘発文学・有害図書
  日本文学/四畳半襖の下張/浮世絵・時代物
・戦後翻訳文学―猥雑か芸術か
  翻訳文学

裸体のヴィジュアル受難録―風俗雑誌と地下本と写真集
 風俗・娯楽雑誌とスタイルの変遷
  グラフ誌・雑誌
・マンガと規制の歴史
  奥本/無刊記・秘本/画集/写真集
・戦後出版事件簿

趣味と粋の好色本−知られざる限定の世界
 発禁研究の先達・斎藤昌三
・幻の趣味人・山路閑古
・近世庶民文化と江戸物翻刻
・豪華限定秘戯画
・艶詩人達の肖像
・特装限定本の饗宴
・趣味と好色の豆宇宙
・禁書三昧 城市郎艶夢の世界
城市郎<発禁本>蒐集五十年―米沢嘉博
出版警察報抜粋


 この発禁本2巻目は、ちょっとユニークな内容、風俗関連のものながら、国からの発禁処分の烙印をかわして地下出版、一般大衆の目を逃れて会員制頒布などの形態を利用した発禁本ならざる発禁本。全編がポルノグラフィーと何だか怪しげな性科学情報、いつの時代でもエロチシズムの迷路に迷い込む人の好奇心はなくならない。3冊のなかで、これが一番電車などでは読みづらい(苦笑)。

発禁本Ⅱ[地下本の世界]
構成・米沢嘉博/文・城市郎 米沢嘉博

地下と地上の性書出版史―発禁本からさらに深く潜行せよ 米沢嘉博

性と科学の知識
 性テキストと科学の関係
・造化機論の時代
 『通俗造化起原史』/『造化機論二編』/『造化懐妊機論』/『造化懐妊論付男女の心得』など
・通俗医学の誘い
 『生殖器新書』/『生理学問答』/『男女生殖器新論』/『性病の栞』/『性感異常』など
医書の扉の向こう
 『産科図解』/『外科手術図譜』/『森武道腔法』/『産婆学教科書』など
・性典ブームと医学者たち−人気医学エッセイストたち
・性科学雑誌の氾濫
 「変態心理」/「変態性慾」/「性と恋愛」/「性」/「諭どなど
・相対会の闘い
 「相対会研究報告」/『相対−小倉清三郎研究録』など
・性愛読本の秘密
 『色事の教』/『男女交合無上の快楽』/「男女生殖器図解全書」など
・奇書『桃源華洞』の色々―女陰研究書の流転

会員制頒布術
 会員制雑誌と頒布会組織
・予約限定会員制猟奇雑誌
 「変態・資料」/「エロ』/「軟派研究」/「ハレム」/「稀漁」など
・東京限定版クラブの出版物
 「CRIOSA(奇書)」/「SEXUS」/「エロス(好色文学批判)」/『世界の好色美術家』など
芋小屋山房の職人仕事
 「稀書」/『袋法師詞書』/『穴相撲四十八手』/『女礼讃』/『南無女菩薩』など
・『女礼讃』(『南無女菩薩』)
・日本生活心理学会会員頒布物
 「性科学界機関誌」/「ATLAS OF LINGAM AND YONI」/「SEISHIN REPORT(生心リポート)」など
・戦後性の会員制雑誌
 「豊艶(ほうえん)」/「哀歓」/「生活文化」/「造化」/「新生」/「世代文化」/「SIMPLE REPORT」など
・『おいらん』下巻「香に匂う」にあたる、談奇館主人の『女陰の匂ひ』前・後編
・秘密の男色講
 「ADNIS(アドニス)」/「MEMOIRE(メモワール)」/「同好」/「薔薇」など
・男色雑誌−アドニスを中心に

戦前の珍書・秘本
 明治・大正・昭和初期地下春本の流れ
・明治・大正艶本コレクション
 『関玉世六班撲』/『通渥堪脆軍談』/『恋の真相』/『新訳 長生殿(覚後禅)』
 『阿奈遠加之』/『色道客間(色道禁秘抄)』など
・性の道楽出版
 『夜這奇譚』/『天地陰陽交欲火楽賦』/『バルカン戦争』/『世界珍籍選集』/『世界文学叢書』など
・地下の活版本様々
 『艶美秘聞録』/『袖と袖』/『月の巻』/『色即是空』/『閔房秘戯』/『肉蒲団』など
・地下の孔版本様々
 『春夏秋冬深更珍話 色相固文』/『好色盛衰記』/『私の処女を失ふ時』など
・コピーなき時代の研讃 筆写とカーボン、肉筆

戦後ガリ版本の世界
 孔版地下本の戦後世界
・混乱の中の素人出版
 『人面鬼』/『風俗小説名作撰』/『破落戸』など
・大判’変型判冊子
 『愛憎の炎』/『夫の責任』/『我輩は凪である』など
ガリ版本の定判
 『誰が為に頬染めん』/『残酷な愛情』/『輪廻』/『家庭愛欲図絵』/『江之嶋弁天霊験記』/『名器』など
・四十八手のあの手この手
 『鴛喬閔房秘考』/『百手秘戯図』/『妹背閔房考』/『新約聖書』など

戦後の地下本カタログ
 地下活版本の内実とその行方
・焼跡の中の様々な試み
 『稀書復刻全集』/『有楽町夜景』/『相合傘』/『旅役者』など
・五十音韻地下本オンパレード
 『愛情地帯』/『愛染草』……『私の想い出』/『私の名は』など
・「秘文車」−岩波文化風エロ本
・新たなるスタイルを求めて
 『悦楽』/『昼夜帯』/『色見本』/『悦び』/『鍵』など
・地下本復刻の現在−九〇年代の秘本

発禁本・地下本研究の流れ−明治から現在まで
・研究・資料本の歴史
 『近代文芸筆禍史』/『近代奇書輯覧』……『発禁本の世界』/『発禁本曼陀羅』など
斎藤夜居の私家本
 『雑談・古本漁し歩る記』/『カストリ考』/『粋珍本解題選』/「愛書家くらぶ」/
 「愛書家手帳」など
翻刻本の色々
 『子種蒔』/『貝づく志』/『郭の明け暮』/『江戸艶木叢刊』/『正写相生源氏』/
 マ太后快話』など

SEXペーパーの種々相
 SEXプロイテーションとプレゼン
・カストリ新聞のワイ雑
 「内外タイムス」/「不思議新聞」/「東京毎夕新聞」/「日本観光新聞」など
・性の小物・印刷物
・内容見本のアピール度
・戦前性のちらし・案内書
・戦後 性の案内広告
・同性愛 発禁本−ソドムとレスボスの愛 城市郎
・発禁・地下本関連文献リスト


 この3冊目は、機関誌、会誌、私家本、限定本などの少部数出版の左翼、右翼、宗教、オカルトなどの安寧禁止本と、検閲にはひっかることは少なかったが、発禁本の発生の背景をなしている特殊な趣味本などをまとめたもの、ここまで見てくるとシリーズ3冊で、ほぼ出版文化の裏面史が分かる仕掛けになっている。裏と表はつながっており、どこからが表でどこからが裏か、微妙に相互乗り入れの世界である。改めて出版の自由という理念が、いかに文化全体にとって大切かを実感させられる。米沢嘉博と言う人の構成力につくづく感心させられた。

発禁本Ⅲ[発禁本Ⅲ]−主義趣味宗教
構成・米沢嘉博/文・城市郎 米沢嘉博

個人と国家と表現−発禁本コレクションシリーズ完結にあたって米沢嘉博

主義と思想
社会・労働運動の壊滅
・思想弾圧と安寧禁止−大逆事件
 向坂逸郎文庫
・都市と農村のイデオロギー
 「前衛」「解放」「戦旗」「プロレタリア科学」「ナップ」
 「インタナショナル」「階級戦」「マルクス主義の旗の下に」
 「プロレタリア文化」「カマラーード」「反宗教斗争」
 「大衆の友」「サラリーマン」
 ・長尾文庫・発禁というよりは国禁・小林多喜二の創作
・文化とプロレタリア
 「トルストイ研究」「文芸戦線」「プロレタリア文学」「生きた新聞」
 「人民文庫」「読書」「プロレタリア演劇」「プロット」
 「プロレタリア芸術」「プロレタリア映画」「女人芸術」
・パンフと紙爆弾
・戦後労働運動の振幅
・六〇年代学生運動の時代
カウンターカルチャーミニコミ

民族と宗教
 右翼雑誌と宗教の発禁事情
・大本数の弾圧
新宗教と心霊学
 ○新宗教のいろいろOまじないと民間療法○大行居と荒深神道○宗数団体機関誌
ナショナリズムの胎動
  ・当時発表できなかった詳細「情報」
・右翼新聞の種々相
 「愛国新聞」「皇道新聞」「世勢新報」「回天時報」「日本」
 「教化運動」「国本新聞」
  ・満州国と安寧禁止 ・キリスト教の受難
竹内文献と天津数事件
酒井勝軍の肖像
神代文字古史古伝
・オカルトと奇説
ユダヤ禍とマソン結社
・戦後のオカルトとカルト
  ・自家出版の雄八切止夫 ・空飛ぶ円盤研究とカルト

趣味の系譜
 趣味と蒐集のネットワーク
・近代的趣味誌のはじまり
燐票と切手
・絵葉書ブームと発禁
・いもづると平凡寺
・いかもの趣味
・多納趣味と旅の趣味
・趣味誌の種々相
 「趣味世界」「随筆趣味」「趣泉人」「趣味の古銭」「蒐集」「趣味の万華鏡」
・戦前戦後を生きた趣味人たち
 山本定一、平井通、池田文痴庵伊藤晴雨、山路閑古、尾崎久弥
・戦後ガラクタ趣味
・戦後の趣味誌状況

趣味と研究
 非アカデミズムの研究者たち
・江戸趣味と江戸研究
 「此花」「江戸」「上方趣味」「江戸と東京風俗野史」
 ・書物蒐集家の指標となった石川巌四一  ・「東都風物」探訪磯ケ谷紫江
・川柳と艶笑
 「末梢花難句注解稿」「川柳愛慾史」「近世庶民文化」
宮尾しげをと江戸好み
・市井の民俗学
・郷土研究誌
 「ドルメン」「民俗芸術」「日本土俗写真集」
・特殊研究私家本
 「すきなみち」「変態知識」「変態随筆」
性神研究
 ・本山桂川と汗馬務
・書物趣味誌概観
 「書物展望」「書物趣味」「書物倶楽部」「書窓」「愛書趣味」「紫水晶」「猫目石
 ・文芸同人語の発禁

限定本と私家本
限定された読者たちの悦び
・珍書から限定本へ
・特装版装頓名人、西谷操
・花街案内書
・戦後の発禁限定本
・愛好家に夢を与えた美和書院主宰、馬淵量司
 ・特殊出版社有光書房
・限定本のエロス
・プレス・ビブリオマーヌ主宰、佐々木桔梗の快挙
・性関連限定書屋の今
 ・高踏派遊民、亀山巌の生態(いきざま)
・孔版手造り本の侍、酒井徳男の人生
・好色蔵書票
・好色なる私家本
・変態特殊研究

発禁のヴィジュアル
・昭和猟奇画報 エロス グロテスク
・映画のイット
 ・幻の戯画文集『春窓情史』異腹二種 ・春画絵巻、大錦判組物『花々の美』
・江戸の色好み  肉筆折本
・戦後工ロチックアート
・性具と四目屋
・極私的アルバムと猥写真240 猥写真の数々

発禁本補遺
 明治・大正期 昭和の風俗禁止 昭和の安寧禁止 文学書関連
 ・世界筆禍珍書研究博士、天目山荘 ・戦時下の文学
 ・国立国会図書館所蔵発禁書
発禁本IⅡⅢ 書名・人名総索引 書名索引 人名索引

 3冊ともに残念ながら絶版になっているので、是非、図書館などで手にとって見てほしい。別冊太陽の中でも、特に高く評価したい出版物である。