武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

「ジョン・コルトレーン『至上の愛』の真実」アシュリー・カーン著 河島文丸訳(発行音楽の友社)

 この7月で、ジョン・コルトレーンが亡くなってからちょうど40年になる。60年代に青春時代を過ごしたものにとって、ビートルズと同じように、モダンジャズもまた、生きている証のような意味合いを持つ音楽だった。演奏はもとより活字の中に6文字のカタカナを見つけると、つい視線を引きつける磁力はいまだになくならない。それほどにコルトレーンの存在は大きかった。コルトレーンの音はとりわけ自己主張が強く、「よし聴くぞ」という気にならないと、耳が引き寄せられて他のことが疎かになってしまう。なんとも存在感のある演奏。
 没後40年を記念して、コルトレーンをまとめて思い出してみようという気になって、本書を読んでみることにした。結果は、大当たり、綿密な取材と、コルトレーンの生涯の見事な文章化、この本を選んで本当に良かったので紹介したい。

 この著者の本は、以前に「カインド・オブ・ブルーの真実」と言う似たような題名の本で、マイルスの評伝を読み、気に入っていた。綿密なインタビュー取材を効果的に生かした独特の文体が、叙述のリアリティーを高めていて、読むものを著者の取材現場に立ち会っているような臨場感を感じさせてくれて楽しい。
 40年近く経過すると、ほとんどの証言が時間の経過に洗われて、真偽のほどが曖昧になってくると思うが、そこを複数の証言を組み合わせることによって、上手にカバーしているところが上手い。今取材しておかなければ、生の証言そのものが失われてしまいかねないので、タイムリーないい仕事だ。
 おかげで、しばらくはほったらかしになっていたCDに買い換えたものと、LPのまま保存してある音源に久しぶりに目を通し、懐かしい感慨にふけった。いまさらながら、LPジャケットの表現力、存在感を改めて見直した。大きいことは場所をとり、不便なことも多いが、視覚的な訴求力はCDと比べて、段違いに大きかった。
 脱線してしまった。この本、モダンジャズの歴史資料としても、コルトレーンの評伝としても、とてもよく出来ている。目を瞠るような創造性を発揮したジャズユニットが、いかにして頂点をきわめ解体していったという、あるカルテットの盛衰記としても非常に面白い。一度でも、コルトレーンの演奏に興味をもったことのある方には是非お薦めしたい。
 最後に、本書の目次を引用しておこう。

序文 「常にスピリチュアルな経験をもたらしてくれる」エルヴィン・ジョーンズ

イントロダクション 「こんなにすべての準備が整ったのは初めてだ」

第1章 マイルス以前、マイルス以後

第2章 黄金のカルテット
    インパルス・レコード
    クリード・テイラーの構想

第3章 1964年12月9日・・・『至上の愛』の創造
    ルディ・ヴァン・ゲルダ

第4章 1964年12月10日・・・2回目のセッション、勝利の年
    詩と祈り
    海辺の組曲

第5章 アヴァンギャルド〜善なるものへ向かう力

第6章 脈々と受け継がれる『至上の愛』
    その後のインパルス・レーベル

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