武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『100歳、元気の秘密』 三浦敬三著 (発行祥伝社黄金文庫2004/2/20)


 つい5年ほど前には、三浦敬三さんが我が家のヒーローだった。NHKの人間ドキュメントと言う番組で、 「99歳の現役スキーヤーモンブラン氷河に挑戦」を見て吃驚したのがはじまり。99歳まで元気に生きておられると言うだけでなく、現役スキーヤーとして海外遠征にチャレンジ、しかもモンブランの氷河の滑降だなんて、にわかに信じられない光景だった。
 冒険家三浦雄一郎さんの父親にして、長寿の元気なおじいさんとして、時折メディアに登場するお姿を拝見して、言うことなす事、しっかりしていて格好良く、家中で人気者になっていたのである。残念なことに2006年に亡くなられた。
 今回は、その三浦敬三さんの生き方を紹介する本を推薦しよう。直筆の文章なのか、どなたかが取材して構成されたのか分からないが、余計なところのない簡潔で文意のよく通る文章なので、とてもわかりやすく、全く年齢を感じさせない不思議な文体である。
 文章の鑑賞はさておいて、書かれてある内容が、平凡ではあるが奥が深い。100年を生きて来し方を振り返る位置に立っているせいか、スケールの大きさは半端ではない。しかも、長い生涯の蓄積を、非常にうまく整理して再構成してあり、きわめてわかりやすい良書に仕上がっている。
 第1章は、趣味と仕事が渾然一体となったスキー人生の総括、還暦以降の業績がすごいので、引用してみよう。

・還暦(60歳)雄一郎さんのキロメーターランセの応援を機会に海外初遠征。
・古希(70歳)エベレスト最大の氷河、シャングリ氷河を滑降
喜寿(77歳)家族でキリマンジャロ登頂及び滑降
・傘寿(81歳)オートルート前半滑降
・米寿(88歳)オートルート後半滑降
・卒寿(90歳)ヴァレーブランシュ滑降
・白寿(99歳)3世代にてヴァレーブランシュ滑降

 この話を読んで、私もスキーではないが何か他のことで、年齢の節目になるようなイベントを企画してみようと言う気持ちになった。元気でなければ出来ないようなプランを立て、そこを目標に心と体を鍛えるというのは面白い。これが第1の元気の秘密。
 第2章は「食事法」、栄養学的に見て、とても良くできているのに吃驚した。高齢者の身体には、おそらくリスクをカバーする余力がほとんど残っていないだろう。毎日の食事で補給してゆく栄養が、即ち生きる力に他ならない。カルシウムと食物繊維と必須ミネラル、栄養のバランス、見事な食生活をご覧いただきたい。これが第2の元気の秘密。
 第3章は、体力を維持する独特のトレーニング法、個々のメニューの具体例もさることながら、「見かけの体力」と「本当の体力」の発想に感服した。トレーニングを積み重ねて磨き上げた体力こそが、「本当の体力」というのは、現役アスリートの発想ではないか、この発想とその工夫に満ちた実践は見事。これが第3の元気の秘密。
 第4章の病気や怪我とのつきあい方、とりわけ医療機関や医者とどうつき合うか、自分の体内に眠る自然治癒力によせる程良い信頼感が素晴らしい。誰でも真似できることではないが、治すのは自分の身体という見極めは見事、参考にしたい。奥さんを介護する下りが、胸を打つ。これが第4の元気の秘密。
 第5章は、ささやかな家族自慢、三浦ファミリーの緩やかな結束の秘密、敬三さんの人付き合いの巧さがしみじみと感じられる。締めくくりの言葉として<自然とともに>という科白に、何ともいえない説得力を感じた。老人と子どもは、自然とともに生きるのが、正しい生き方ということになるだろう。自然とともにが第5の元気の秘密。
 最後に、本書の目次を引用しておこう。

   父、三浦敬三は、なぜいつまでも元気なのか 三浦雄一郎                    
1章 明治・大正・昭和・平成―100年を健康に生きる―
   80年前、「八甲田の樹氷」が決めた運命
   「1年の半分」をスキーに費やす日々
   体力維持を真剣に考え始めたのは「50歳」
   なぜ、「山スキー」に魅了されるのか
   雄一郎が連れていってくれた「ヨーロッパ・アルプス」
   古希、喜寿、傘寿……節目の年に目標を立てる
   「人間の寿命」は何で決まるのか
2章 体の中から元気になるための「食事法」
   便秘も治る、完全食「玄米」
   噛むほどに甘みが出る
   30分で、骨まで食べられるようになる「圧力鍋」
   なぜ「キクラゲ」は不老長寿の食べ物なのか
   各地のおいしいものを食べる楽しみ
   「保存のきく料理」を第一とする理由
   一ロずつ、たくさんの種類を食べる
   食事の最後に食べる「潰け物」のおいしさ
   お茶は「葉っぱごと」いただく
   朝晩の食後には、特製ドリンクを
   簡単に作れる「酢タマゴ」
   黒髪を保ち、シミを防ぐ
   食生活で一番大切なことは何か
3章 何歳からでも始められる、元気な体をつくる「簡単体操」
   老人には、老人に合ったトレーニングがある
   首の運動で、「惚けない頭」を維持する
   「顔の肌」の張りと若さを保つ「口開け運動」
   寝起きに「頭をすっきりとさせる」呼吸法
   「加齢による難聴」は、進行を遅らせることができる
   体操で大切なのは「ゆっくりと、徐々に強く」
   お尻と下半身の筋肉をどう鍛えるか
   スキー体操で、「滑る筋肉」をつける
   ウオーキングに、速歩、ジョギングを組み合わせる
   体の要求には、素直に耳を傾ける
   「脈拍」で健康をチェックする習慣を
   「見かけの体力」と「本当の体力」
4章 避けられぬ怪我・病気とどうやって前向きにつき合うか
   「お医者さんとのつき合い方」を決めた、ある経験
   接骨院に通うのをやめた理由
   徐々に体を動かせば、たいがい治る
   70歳で、娘のために行なった「無理」
   自分で決めた「ギブスをはずす時期」
   肺浸潤、骨祈、白内障前立腺肥大……
   90歳を過ぎてからの大怪我
   「年を取ってからの長期入院」の怖さ
   80歳、倒れた妻を「痴呆」にした入院生活
   絶望的な「介護の日々」
   葬儀の日、介護疲れを救ってくれた「一杯の日本酒」
   自分の「体の力」を信じて
5章 家族との「健康的な」つき合い方
   冬が大嫌いだった少年時代
   子供、孫へと受け継がれる資質
   父から受け継いだ「凝り性」
   「陸軍の払い下げスキー」の思い出
   「自分の手」で工夫する日々
   戦時中でもやめなかったスキー
   雄一郎にスキーを教えたことは一度もない
   「無理に」させてもいいことは何もない
   今でも「一人暮らし」を続けている理由
   「好きなことだけ」を続ければいい
   熟年世代でも疲れない「山の登り方」
   「第二の人生」は、「余生」ではない
   いくつになっても、わからないことはある
   実はスキーは、熟年者にもっとも適したスポーツ
   頑固であれ、柔軟であれ
   最後まで、白然とともに、自然体で生きる