武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『世の中にこんな旨いものがあったのか?』 秋元康著 (発行扶桑社2002/03)


 はじめは数多いグルメ本の一つだろうと思った。装丁が良かったのと写真に迫力があったので、bookoffの105円コーナーで手に取った一冊だったが、読んでみて驚いた。秋元さんの料理を語る文章が<旨い>のだ。すぐに、写真を見て次に文章を読むという読み方をやめにした。後ろから、まず秋元さんの文章を味わい、その余韻に浸りつつ写真に写っている料理を目で味わうという読み方に変えて読んだ。
 本書の内容は、51の名店のメニューの中から、原則としてたった一つのお勧めメニューをクローズアップし、その旨さに関わって秋元さんの味に対するこだわりを展開したもの、写真と文章がセットになった何の変哲もない名店ガイドと言えばそれまでなのだが・・・。
 <旨さ>は、表現しようとすると難しい。本文でも指摘しているように<旨さ>は「味覚、臭覚、視覚、聴覚、触覚」と人の五感を総動員して味わうものだが、それだけではない。<おふくろの味>と言う言葉があるように、記憶や教養までもが参加してくる、奥行きと広がりのある総合的な感覚である。記憶を抹消した味、教養ゼロの味、さぞ味気ないことだろう。身体のためには食品の栄養が大事だが、<旨さ>は心の栄養、精神的な疲労を癒してくれる<心の栄養>といえようか。
 本書は、秋元康というマルチな才能を持つ表現者がとらえた、<旨い>という現象についてのクロッキーのスタイルを借りた賛歌である。文章を読んでいると、旨いものへの期待が呼び覚まされて、何だかわくわくしてくる。期待をこめて写真をみると、視覚的に表現された旨さが、目に飛び込んでくる。ページをめくりながら、何度唾を飲みこんだことか。
 紹介されているメニューは高価なものだけではないことも、嬉しい。元気な人なら、この本をガイドにして、グルメツアーを試みるのもいいかもしれない。旨いものを最近食べていないと思う人には、是非お勧めしたい。旨いものには、人を幸せにする力があると言うことを実感できます。
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