武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 猪谷六合雄の生涯と文章(その6)『『猪谷六合雄―人間の原型・合理主義自然人』 高田宏著 (発行リブロポート1990/11/25)

 この本を読んだことが、猪谷六合雄を詳しく知りたくなるきっかけだった。何と面白い日本人がいたものだと、感心し驚いた。著者の整理の仕方が上手くて、猪谷の人間的に優れていたところを、巧みに掬い上げて、分かりやすく教えてくれる傑作評伝だ。
 以前に、「言葉の海へ」という本で、傑作国語辞典「言海」を独力で完成させた大槻文彦の評伝を読み、素晴らしい伝記作者という認識があったので、期待はしていたが、ぐっと軽いタッチ、読みやすさではこちらの方が上だった。両者に共通するのは、骨太い明治の男の物語というところだろうか。
 <スキーの人>という大方のとらえ方に縛られず、多様な側面をもつマルチ人間であった猪谷の中に一貫して流れていた特徴を、<合理主義自然人>という中心概念に絞り込み、これを焦点にして波乱に満ちた生涯を再構成し整理して、見せてくれたところが素晴らしい。伝記作者としての手腕が見事に生かされた名著と言っていい。
 スキーと雪山に生き甲斐を見いだした生涯だったことを、二章と五章で簡潔に印象深く描き出している。また、別の面の特徴を三章の「放浪者」と四章の「巣をつくる」で鮮やかに捉えなおしてくれており、猪谷六合雄という人間の面白さが際立つ。
 欲を言えば、この国のスキー発達史の中で、スキー指導者としてどんな位置づけになるのか、スキー初心者の指導法の改善に力を注いだ人だっただけに、この点への言及があったらもっと良かったのにと、少し残念に感じたが、これは無い物ねだり。この本を入門書にして、猪谷六合雄の生涯に分け入る経験がとても楽しかった、多くの人にお勧めしたい。
 最後に目次を引用しておこう。

序章 コラージュ「私の猪谷六合雄」
第一章 赤城山
第二章 スキーに会う
第三章 放浪者
第四章 巣をつくる
第五章 雪に生きた
あとがきにかえて 季節の重心
略年譜
人名・引用文献索引

 今はなきリブロポートの<シリーズ民間日本学者>は、面白い叢書だった。どんな著者に誰の評伝を書かせるか、その組み合わせが抜群にユニークで、良い企画を立てる出版社だと感心していたが、バブルが弾けて消えてしまった。この国のバブル経済と共に花開いた文化の華には良いものがあった、消えてほしくなかったんだけれど・・・。


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