武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

戦前の名翻訳者/佐々木直次郎の仕事(02)


 戦前に没した人物になると、どなたかが意識的に資料を蒐集し整理しないと、いつの間にか忘却の闇に呑み込まれていってしまう。佐々木直次郎の訳業についてもそのことは言える。まして翻訳以外の文章となると、一冊もまとまった書籍の形になったものを残していないので、散逸したままになっているものと思われる。
 試しに国会図書館サーチで検索してみると、戦前から戦後しばらくまでの図書として以下のものがヒットした。整理して引用しよう。

・『エドガア・アラン・ポオ小説全集1エドガア・アラン・ポオ著,佐々木直次郎第一書房 1931
・『エドガア・アラン・ポオ小説全集2エドガア・アラン・ポオ著,佐々木直次郎第一書房 1931
・『エドガア・アラン・ポオ小説全集3エドガア・アラン・ポオ著,佐々木直次郎第一書房 1931
・『エドガア・アラン・ポオ小説全集4エドガア・アラン・ポオ著,佐々木直次郎第一書房 1931
・『エドガア・アラン・ポオ小説全集5エドガア・アラン・ポオ著,佐々木直次郎第一書房 1931
・『宝島』スティーヴンスン作,佐々木直次郎訳,岩波書店 1935
・『二都物語上下巻』ディッケンズ作,佐々木直次郎岩波書店 1936
・『サロメ』ワイルド著,佐々木直次郎訳,岩波書店 1936
・『序曲・入江のほとり』キャサリン・マンスフィルド著,佐々木直次郎冨山房 1939
・『ロビンソン・クルーソー物語』デフォー著,佐々木直次郎訳 主婦之友社 1941
・『ジキル博士とハイド氏』スティーヴンソン作,佐々木直次郎大泉書店 1949


 43年には亡くなっているのだから、49年刊行のものは再版のはずだが、初版の時期が分からない。国会図書館のデータを見る限りでは、31年に豪華本出版社であった第一書房から、全五巻のポオ全集で突然にデビューしたことになる。
 常識では、こんなことは戦前でも考えられないことなので、1925年に東京帝大を卒業、大学院に進学したらしいから、1928年あたりで院を終了したとすると、ポオ小説全集が刊行される1931年までの数年間に何らなの翻訳なり著述なりの活動があり、その業績が評価されて全集発行への道筋が開かれたと見るのが妥当だろう。この数年間に直次郎にどんなことがあったのだろうか。
 翻訳の水準では群を抜くレベルにあった名翻訳家が、日本全体が戦争一色に塗りつぶされてゆく時代に、敵国の言語である英米文学の翻訳とどのように関わっていったのか、興味は尽きないのだが、いかんせん資料がなかなか見つからない。ご存じの方は、是非お教え願いたい。
 さて、今回は、第一書房版の『エドガア・アラン・ポオ小説全集第2巻』の序文と目次を紹介したい。