武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 新たな生活空間の構築(74)


《山里に一足早い猫の春》 
 二月も下旬ともなると下界では花粉症の話題と共に、春の気配が漂い始める。ところが標高500mの位置にある山荘周辺の山村では、スギの雄花はまだ硬く、寒波や北風の吹く日は冬の気配が濃厚、地面の雑草も凍えたように縮かんだままである。ところがところが、日照時間が長くなってきたことの影響を受けて、猫たちの世界では既に春の訪れが不思議な活気をもたらしている。

 身近なところにメス猫がいないのでメス猫の事情は分からないのだが、いつの間にかオスの行動が活発になってきた。中には発情期になると性格まで変わってしまう猫もいるらしいけれど、山荘に来ている野良猫サンちゃんは、性格は一貫しているものの、行動のテンポが格段に速くなってきた。やってくると素早く猫餌と水を交互に食べ、完食すると長くても1時間短い時は数分間横になって寛ぎ、軽く伸びをして身体をストレッチ、屋外に出てゆく。
 通常の縄張りをパトロールする回数を増やし、いつもは偵察していないかめったに偵察に行かない周辺地域にまで範囲を拡大して、猫の気配とりわけメス猫の気配を探り歩いているらしい。そこでは当然猫同士のニアミスは避けられず、例の激しいバトルが繰り広げられるのだろう。山荘の外で作業をしていると、遠くから唸り声と戦闘シーン発生を知らせる叫び声が聞こえてくる。あれが一足早い春の訪れとして聞こえるようになったのは、山荘で猫たちと仲良くなった最近のことである。

 サンちゃんの頭と首には真新しい傷が付いていた。向かって左の耳元から顔面に生々しい体液が滲む傷、強烈なサウスポーの猫パンチの一撃か、噛まれた歯の跡なのか、瘡蓋の周りからも血が滲んでいた。首筋と顔面にも見たことのない新しい傷。手当てのしようがないので、ツレはいつもより多めに栄養補給するしかないと言って餌やりをしていた。サンやんの寝顔をみていて戦士の休息というフレーズが浮かんできた。(傷だらけのサンちゃんは、角度によっては非常に相が悪く見えることがある)

 一方、迷い猫のチーちゃんは言うと、獣医さんの見立てでは避妊手術が済んでいるという通り、春の訪れはどこ吹く風、よその猫を見つければ激しく吼え威嚇するけれど、性的な意味は全くなさそう、オス猫メたちもメス猫の匂いは感じないらしく、保護者としては気楽ではあるけれど何だか肩すかしをくらったような一抹の寂しさのような感慨をいだいたことだった。