武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 「ぼくがとぶ」佐々木マキ(普及版こどものとも11福音館書店)20数年前の今なお色あせない傑作絵本 <言葉で絵本を読み解く試み>

toumeioj32005-06-06

 月刊漫画ガロに時々登場するようになって佐々木マキの描く、漫画のようなそうでないような奇妙な絵が好きになった。杉浦茂を彷彿とさせる奇妙としか言いようのない線の造形が面白く、ストーリーらしいストーリーのない絵の展開が、劇画氾濫の当時、ぎすぎすした気持ちをホッとさせてくれるオアシスのような得がたい作品群だった。
 いつしか、彼は子供向けの絵本を手がけるようになっており、ある時、書店で名前をみつけ、200円の値段もあって衝動買いしてしまった1冊。1981年第1刷となっているので、今から20年以上前の絵本。子ども達も大きくなり絵本の類はほとんど処分してしまったが、わずかに手元に残っていた。ふと開いてみると、その内容が素晴らしい。現在、手に入りにくいかもしれないが、紹介したい。


表紙を開けると、洋風のノコギリで板を切っている少年。楕円形の枠の中に大きな眼の少年が何か工作しているようす。周りは白で上に「ぼくがとぶ」の題字。次のページへのかすかな期待を呼び覚ます。
次のページを開くと言葉は「ぼくが なにを つくっているか きみは わかるかい」これだけ。見開きいっぱいに、横長の楕円が広がり、そこに大きな工作室が広がる。作りかけの翼の部品の一部、プロペラ、設計図、壁にかかった工具、散らかるおがくず、各種のペイント、机に向かい製作に集中している少年。一目で大きな模型飛行機かなと思わされる。ふんだんに材料があるようで、工作好きにはたまらないカット。
次のページも、2ページ見開き。工作室の外は広い中庭、少年が作っているのは飛行機だということが、その作りかけの骨組みからすぐ分かる。大きなエンジンまで置いてあり、本格的な工作を暗示。②の答えのページだが、一目で分かるので言葉はなし。中庭の井戸、自転車、樹木、洗濯物。描かれているそれぞれがとてもかわいい。一昔前の外国の民家をイメージする。この国のイメージではない。
次は、一転して4コマにコマ割りされた飛行機の製作過程。一言「ひこーきだよ」の文字。胴体を張り、翼を縫い、塗装をして、エンジンを取り付けている。
隣のページで、機体のペイントの仕上げをしているらしい少年の絵。中庭よりもさらに広い外に出ており、ほぼ完成している複葉機の絵。言葉はないがそれで充分。
次のページは少年を乗せた複葉機が、空へ飛び立つシーン。言葉は、「ほんとうに そらを とぶ ひこーきだよ」。草むらの草を巻き上げ、草原から浮かび上がる少年の飛行機。絵のほとんどが空になり、もう地上は絵の下のほうに遠景として少し描かれるのみ。
次のページが面白い。少年の飛行機は墜落、鳥小屋を壊し、驚いた鶏が逃げ回っている。農家のおかみさんがびっくりしてミルクから手を離している。再び地上の部分が多くなっている。小さな挫折をユーモラスに表現した2ページ見開き。クスッと笑ってしまう。
再び楕円に包まれて、壊れた飛行機の前で折れたプロペラをもち落ち込む姿の少年。言葉は「こんなはずじゃなかったのに」だけ。
次のページで、再び気を取り直して、飛行機製作をしている少年。言葉は「こんどは しっぱいあいないぞ」。ガソリンタンクを持っているので、修理が終わったところか。
次は、田園地帯の空を弧を描いて飛ぶ少年の複葉機。地上には飛行機の陰が落ち、案山子と農夫が飛行機を見上げている。成功したんだと言うことが分かる。
次は、再び4コマのコマ割り。次代に小さくなる中年夫婦、4コマめの言葉が「とうさん かあさん ほら みて ぼくは とんだんだ」見上げる親たちの表情がいい。
隣のページは、田園地帯のはるかな上空からの地上の絵。前のページのとおさんかあさんが本当に小さく描かれている。もうすぐに親が見えなくなるシーン。親のもとから飛び立ち自立する少年の雄姿か。
大きな河が流れる街の上を飛ぶ少年の飛行機。川面に飛行機を写し、飛び続ける少年。少年がめざしているのは街、都会ではないことが分かる。街を越えてどこへ行くのか。
砂漠を越える少年の飛行機。
古いお城を越えて飛ぶ少年の飛行機。
星の散らばる夜空を飛び続ける少年の飛行機。見開きいっぱいに広がる夜空。
雪をかむった山々と氷山を浮かべた海の上を低空飛行する少年の飛行機。低く飛んでいるということは目的地が近いことを暗示している。
氷山の浮かぶ海にいっぱいいるオットセイ。空にはオーロラ。言葉は「おーい おーい きみたち ぼくは とんできた!」飛行機から手を振っている少年。飛行機を見ている沢山のオットセイ。
少年も飛行機も見えない。見開きの画面いっぱいにオットセイが描かれ、全部のオットセイが一斉に画面のこちら側、読者の方を見つめている。すなわち、 少年の視点に読者が置かれる仕掛けになっているのだ。
最後のページは、巨大なオットセイと少年のセピア色の記念写真。思い出と化した絵本の物語。タイマーで写したのでなければ、この写真を写したのは、この本を読んできた読者の記憶かもしれない。
表紙裏は、前も後ろも氷山を浮かべた何もない海、そして星空。
裏表紙は、プロペラ1枚。見事な絵本はこれでお終い。


※感想、ご覧いただいたように実に綿密に計算し演出され、丹念に描きこまれた見事な絵本です。何よりも素晴らしいのは、読後感がとても爽やかなこと、読んであげた子ども達は、皆、歓声を上げて喜んでくれました。是非、復刊を望みたい一冊です。