武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

『スカルラッティ/ソナタ集』ポゴレリッチ演奏


 ある朝かけっぱなしでFM放送を流していて、聞こえてきた曲が素晴らしかったので、アナウンスのメモをたよりに、ネットで検索して入手したのがこのCD、その後気にいって、朝起きるとすぐに窓をあけて外の空気を取り入れるのと同時に、このCDをかけて朝の気分を楽しんでいる。
 高原の透き通った秋の夜空にきらめく星座が思い浮かぶ。朝露を沢山つるした朝日に輝く蜘蛛の巣を、風がゆらして、水滴がきらきらこぼれ落ちて行く情景も浮かんでくる。ポゴレリッチの繊細な指先が、鍵盤の上を何と自在に踊り回ることか。指先が絡まりそうな技巧的な所を、何の苦もなく弾きこなして、音の流れに欠片ほどの淀みもない。超絶技巧とはこういうことを言うのだろう、このCDは傑作というしかない。
 スカルラッティの曲って、こんなに魅力的だったのかと、ため息をつきながら聞き入ってしまう。500曲ほどの鍵盤楽器のための曲を残したバロック時代の作曲家程度の知識しかなかったが、すっかり気に入った。以前にホロヴィッツの演奏で聴いたことがあったが、ポゴレリッチの演奏の瑞々しさは、スカルラッティの魅力を見事に際立たせてくれている。バッハの豊かで荘厳にくみ上げられた響きの織物とも、モーツアルトの華麗な音の流れとも違い、美しい音が躍動しながら次々と結晶化してたちまち壊れていくような、予測のつかない音の煌めきは、まるで逆さにした音の宝石箱。一人で集中して聴くと何度でも美を再発見できる音楽、おいて行かれそうになりついていくのもなかなか難しい旋律。
 飛び跳ねるリズムの変幻自在な組み合わせが楽しい長調の曲の輝きもいいし、弦の響きを最大限に生かした短調の儚げな哀調もたまらなくいい。6番目に入っているロ短調ソナタにただよう透き通った悲哀の調べは絶品、この曲がかかっているときだけは何も考えないで曲に浸っていたい気になる。束の間の忘我、至福の時とは、このことだろう。
 国内盤は絶版のようだが、ネットで探すと千円台で輸入盤が入手できる。法外に高い値段のものにはくれぐれも手を出されませんように。最後に、曲目を引用しておこう。

01 ソナタ K.20・ホ長調 Presto/(00:03:31)
02 ソナタ K.135・ホ長調 Allegro/(00:04:16)
03 ソナタ K.9・ニ短調 Allegro moderato/(00:04:14)
04 ソナタ K.119・ニ長調 Allegro/(00:05:13)
05 ソナタ K.1・ニ短調 Allegro/(00:02:31)
06 ソナタ K.87・ロ短調 Andante/(00:06:21)
07 ソナタ K.98・ホ短調 Allegrissiomo/(00:03:18)
08 ソナタ K.13・ト長調 Presto/(00:04:24)
09 ソナタ K.8・ト短調 Allegro/(00:05:54)
10 ソナタ K.11・ハ短調 Moderato/(00:02:54)
11 ソナタ K.450・ト短調 Allegrissimo/(00:03:32)
12 ソナタ K.159・ハ長調 Allegro/(00:02:30)
13 ソナタ K.487・ハ長調 Allegro/(00:03:53)
14 ソナタ K.529・変ロ長調 Allegro/(00:02:30)
15 ソナタ K.380・ホ長調 Andante comodo/(00:04:59)