武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 「加曾利隆の50ccバイク日本一周ツーリング」 加曾利隆著(交通タイムズ社)84年5月初版発行 64日間19000kmの小さいバイクの大きな旅(上巻ー東日本編)

toumeioj32005-07-04

 もともと旅行記の類は大好きで、本屋で見つけるとつい買ってしまう方なので、強い印象を受けた旅行記は数多い。自転車、列車、車、徒歩、旅行手段なんであれ、旅人の目で、つまり新鮮な感覚で物事を見聞きした報告は、その旅が困難であればあるほど、スリルを伴い面白さが増し、いってみたいという気持ちを掻き立てられ、勤め人ゆえ無理と悟らされ、読むだけの冒険旅行を何度繰り返したことだろう。夏と冬の数日間の家族旅行で子ども達にたいする義理を果たし、遠くの空に目をやり、ため息をつくばかりだった。
 ところが、この加曾利さんのツーリングの本は、違った。文章が読みやすく、訪れる各地での取材も行き届いていてまるで自分も一緒にバイクでとことこ走っているみたい。50ccのスピード感が文章のなかで息づいていて、実に楽しい。高速で長距離を駆け抜けるのではなく、ゆっくりと楽しみながら各地を探訪する喜びが見事に伝わってきた。20年前の、あの頃の若かった私の心を揺さぶった。ひごろは優柔不断、引っ込み思案な私をついに行動に駆り立てた。
 この年、つまり84年の夏から3年を費やして、なんと私もバイクに跨りテントと飯盒を持ち、自炊で野宿の日本一周ツーリングに出かけることになった。この本は、そんな私の珍しい冒険旅行のきっかけを作ってくれた本。従って、私にとっては特別に思い出深い名著のなかの名著、私を行動に駆り立てた珍しい奇跡的な本。勿論、加曾利さんほど豊かで奥行きのある旅はできなかったものの忘れえぬ楽しい思い出となった旅だった。
 さて、中身に入ろう。第1章は「アフリカで燃えた日本一周計画」なんと、加曾利さんは、この日本一周ツーリングを赤ん坊を連れた9ヶ月にわたるシベリア・ヨーロッパ・アフリカ旅行中に思いついたと言うのだ。本人も奥さんも赤ん坊も半端ではない。そして、50ccバイクを選んだ三つの理由が気に入った。①30kmの制限速度は止まることが苦にならない速度だと言う。②まったくロングツーリングに向かないバイクをあえてロングツーリングに使うチャレンジ精神。③50ccバイクの経済性と貧乏旅行の楽しさ。20年前にすでにスローでゆくことの意義を説き実践していたのですよ。普通なら、真似してみたくなりますよ。
 第2章は「遠くまで来たものだ」(東京→仙台→青森)どこで何を食べ、どんな風にして寝て、どんなに惨めに雨に降られたか、克明にたどりながら北へ北へと進んでゆく。これは嵌ります。すぐに出来そうに書くところがにくい。
 第3章が「4500km、さいはての旅(北海道一周)」悲惨さと例えようもないお楽しみの繰り返し、お尻がむずむずしてきどうしても旅に出たくなる。加曾利さんはバイクメーカーと旅行業者の回し者ではないかしら。本当に魅力的な文章とエピソードで話を進めていく。
 第4章「城下町と秋田美人(青森→新潟→東京)再び本州に戻り、日本海側の東北を堪能しながら帰ってくる旅。本当に旅することが上手い。うらやましいが簡単に真似できることではない。素直な加曾利さんの反応が読む人を引き付け、魅了する。
 第5章「日本一周をするために」具体的に旅の装備や心構えなど、ハウツーが可なり詳しい。ずいぶん参考になった。以上が、上巻の東日本編の内容。加曾利さんはその後も、何度か日本一周ツーリングをなしとげ出版しているが、ざっと見た限り、この最初の新書サイズの本が一番よかった。