武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 イギリス旅行10日間⑧

 今回の旅の終章、最後のロンドンの目玉は、何といっても大英博物館とナショナル・ギャラリー。まずは、泣く子も黙る(笑)大英博物館見学、その展示品の凄いこと、また展示の上手いこと、保存状態の良いこと、脱帽ものでした。人類の文化現象に対するあくなき興味関心と、国を挙げての冒険心と探究心。エジプトの現地ガイドが言っていたこと「良いものはみんなイギリスに持っていかれた」あの嘆きがよくわかる。ここは日本人の現地ガイドに率いられた見物だったが、1時間半程度で見られる規模をはるかに凌駕している。機会を改めて、もう一度ロンドンに来る機会を是非作りたいと思った。 (右の画像は、大英博物館の入口がある正面、もちろん内部の撮影は自由)
 午後のツアーは自由時間だったが、私は勿論ナショナル・ギャラリー見学、ここはコレクションの絵画作品を展示しているが、これまで画集を見ながらその収蔵先に何度ナショナル・ギャラリーの文字を拝んだことか。午後の3時間程を全部使って、展示品のほとんどに目を楽しませる作戦、いつもながら足腰の疲れること疲れること、何度も展示室中央に置いてあるベンチのお世話になったことだった。個々の作品のレベルの高いこともさることながら、その見せ方の大胆なこと、どの作品も40cmほどまで近寄れて、限りなく作品に接近して細部が見られる展示方法。しかも警備がゆったりしている。作品損傷の事故がよく起きないものと感心した。

 長年画集やインターネットでしか見られなかったCarlo Crivelliが59番の部屋を占有していて、彼の最高傑作がついに実物を見られたこと。11号室で今までその存在すら知らなかったJoachim Beuckelaerのユニークな風俗画が4点見られたこと、他にも発見したこと、実物を見て楽しんだことは多かったが、大きな二つの収穫があってうれしかった。大きな美術館では、効率よくハイライトだけを見て回る見方もあるが、私はすべての展示作品を見て回るのが好み。自分の目で、何らかの新発見に巡り合うには、この方法しかない。そして、自分なりの発見は、自分なりの偏見に満ちた鑑賞の個人史ができてくる、それが楽しい。 (左の画像はナショナルギャラリーの正面わき、すぐ前のトラファルガー・スクエアで催し物があるらしく多くの人が集まって来ていた)
 日本における海外美術の紹介には、相当の歪みというか偏向があることは、もっと多くの人に気付いてもらいたい。海外の美術館でそのことを何度も教えられ、目を開かれてきた。
 最後に、大英博物館もナショナルギャラリーも入場料はなんと無料、これは素晴らしい。ロンドン市内の多くの公設展示場は、同じように無料だという。その割には、日本の展覧会に比べて、格段に空いていた。いつでも見られるということは、こういう現象を生むのかもしれない。気に入った絵をいつでも見たい時に見られるという贅沢、ロンドン市民が心底うらやましいと思ったことだった。