武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 <狐>名義の匿名書評の愉しみに嵌っていること


 1981年から2003年まで「日刊ゲンダイ」で毎週1回続けられてきた<狐>名義の匿名書評が好評を呼び、まとめられて4冊の本になっている。1992年の『狐の書評』本の雑誌社、1996年の『野蛮な図書目録 匿名書評の秘かな愉しみ』、1999年の『狐の読書快然』洋泉社、2004年の『水曜日は狐の書評』ちくま文庫の4冊である。この国ではあまり評判の良くない匿名コラムが20年近く続いたことも珍しいが、4冊の本の形にまとめられたことはさらに非常に珍しい。こんなに珍しいと言うことには何か特別の理由があるはずと、図書館やネットで探して手に取ってみた。
 一読、確かに面白い。そして面白いだけでなく、読んでいるとどうしても気に入った書評の本が読みたくてたまらなくなってくる。幅広いジャンルをカバーしているのにミステリー作品はほとんど取り上げられていないので、読んでいない本がザクザク出てきて嬉しくも悩ましい。何冊か借り出して手にしてみたが、どうも書評の方が本よりも面白いことが何度かあったが、これは教養の差のためらしく致し方ない。本当は隠しておきたい気もするが、<狐>さんの書評本を4冊まとめて紹介してみよう。
 まず、最初に本の形にまとめられた『狐の書評』、81年から91年頃までの10年間分から選択した138回分を整理しまとめたもの。記事の日付を見ると、85年以前のものはほとんど省かれているようだ。初期の匿名コラムがどんなスタイルで書かれていたのか、興味があるが割愛されているので分からない。<狐>書評の希に見るスタイルは、この10年間に洗練と完成をみたのだろうと推測するのみ。僅か800字前後の小さなスペースを最大限に生かすべく、技巧の限りを尽くした文章が、鋭く取り上げた書物の本質を抉って爽快感すら感じる。
 間口の広さといい、読み込みの的確さといい、組み立て方の変幻自在ぶりといい、出来の良い短編集を読む以上に楽しかったが、限りなく読みたい本が増えてしまうのには参った。目次は以下の通り。

1章 物語の夜
2章 言葉の攻防
3章 遊技と映画
4章 暮しの流儀
5章 旅の記憶
6章 歴史の現場


 二冊目は96年の『野蛮な図書目録―匿名書評の秘かな愉しみ』、この本はまだ入手できないために未読、後の楽しみとして残してあるんだと強がりを言っておこうか。「匿名書評の秘かな愉しみ」などというサブタイトルを見ると、必ず手にしてみたいという気持ち押さえがたい。目次だけ引用しておく。守備範囲の広さは相変わらず。<狐>さんの漫画の読みは抜群。

1 言葉の棚
2 紀行と食の棚
3 歴史の棚
4 遊戯と芸の棚
5 日記と随筆の棚
6 夢想と悪徳の棚
7 評伝と伝記の棚
8 映画と本の本の棚
9 漫画の棚


 三冊目は99年の『狐の読書快然』、1章と2章の前に比較的短い読書エッセイが付いている。この文章がまた本好きにはたまらなく面白い。レイアウトは、一本の書評コラムに1頁をさいて2段組、収録数が多くたっぷり楽しめる。96年から99年までの分が納まっている。筆の運びに脂がのって、熟した果実のような芳醇な味わいすら感じられる。ブログで読書感想文などを綴る私のお手本だが、とてもかなわない脱帽。目次を引用しておこう。

第1章 読む(立って読む/躍れよ、感官)
1 言葉に手を触れる
2 画面に目を凝らす
3 心と体を揺さぶる
4 日々の匂いを嗅ぐ
第2章 書く(両手で書く/跳ねよ、鍵盤)
5 書物の筋肉が動く
6 歴史に錨を下ろす
7 旅の果てを眺める
8 物語に耳を傾ける
あとがき


 そして残念なことにこれが最後となった2004年の『水曜日は狐の書評―日刊ゲンダイ匿名コラム』、99年から2003年までの4年分、最初から文庫での刊行となった。編集スタイルは、99年5月19日から始まり2003年7月23日までの発表時の日付順、目次はずらりとタイトルが並ぶだけなので引用は割愛させて頂く。内容で整理したりせずに、時系列で並べただけなので、視野の広さが際立つ。「肉体の故障のため降板」したと<まえがき>には書かれているが、2年後の2006年8月に肺癌のため56歳で死去された。ご冥福をお祈りしたい。
 本好きに<狐>さんのファンは多いが、書評なんて読まないよというポリシーをお持ちの方に是非手に取ってみたもらいたい。<本についての本>にも素晴らしい物があると言うことをきっと発見なさるはず。