武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 毎日新聞のコラム<記者の目>「世論調査批判」について

 少し古い記事になるが、先月下旬、毎日新聞のコラム<記者の目>で取り上げた「世論調査批判」は、日頃気になっていたことを文字化してくれた注目すべき記事だった。ネット上では消えてしまうのが早いので、保存性をよくしておくために引用しておこう。
 記事の中にもあるように、かねがねNHKやマスコミ各社が実施したとして報道する世論調査なるもののあり方について、納得しきれない思いを抱いてきたので、マスコミの内部から少なくとも批判と称する記事が出てきたことは評価しておきたい。見出しに批判の文字があるが、読んでみるとそれほど厳しい批判とは言えない内容だが、<電話調査>という調査方法が持つ問題点を明らかにしてくれている点が印象的、<電話調査>以外の調査方法の開発を検討すべきだろう。
 方法的には一定の正しいとされる手順を踏まえた上でのデータだろうとは思うものの、テレビの視聴率と同じく数値化されたデータは、かならず一人歩きしてしまうもの。政治の動向にあたえる影響の少なからざることを考えると、庶民が選挙で投じる一票の重さと比べて、影響力にあまりに大きな開きがあるように思え何となく歯痒い。
この記者は佐藤卓己著の「輿論と世論―日本的民意の系譜学 (新潮選書)」を読んで、一定の印象をもったのだろうか。
輿論>の意味づけが近いような気がした。
 以下に、毎日新聞のコラムを全文引用する。

記者の目:世論調査批判=七井辰男(世論調査室)(毎日新聞 2010年7月27日 東京朝刊)
 ◇限界踏まえ「輿論(よろん)」を集約
 マスコミの世論調査への風当たりが厳しい。「やり過ぎだ」「世論調査が政局を作っているのでは」−−調査を担当する立場として、こうした批判を重く受け止めている。データが、その意図する以上の結果を引き起こすなら、民主主義を危うくしかねないからだ。世論調査は決してオールマイティーではない。調査する側も協力していただく方も、そして調査対象となる政治家・政党なども、その効用と限界を踏まえ、賢くデータを分析し、役立てていくことが必要だと思う。
 毎日新聞の社史「『毎日』の3世紀」によると、「世論」を、それまでの「せろん」でなく「よろん」と読むようになったのは敗戦直後の1946年暮れ。それまで使われていた「輿論<よろん>」という言葉が当用漢字表の公布で使えなくなったため、当時の毎日新聞世論調査部員が「世論<よろん>」への切り替えを朝日新聞に提唱、統一使用することになったという。
 それまでの「世論<せろん>」は「戦時中、『世論に惑わず』などと流言飛語か俗論のような言葉として」使われていた。これに対して「輿論」は「『輿論に基づく民主政治』など建設的なニュアンスがあった」という。建設的で責任を伴う「輿論」を集約するはずの世論調査だが、最近は俗論や無責任な「世論<せろん>」を誘導しているのでは、との指摘を受けるようになった。
 ◇電話調査の制約
 現在の世論調査は、毎日新聞を含め大部分のマスコミが固定電話を対象としたRDD(ランダム・デジット・ダイヤリング)と呼ばれる方式を採用している。コンピューターが全国の市区町村の人口比に応じた電話番号リストをランダムに作成、リストに沿って自動的に電話をかける。つながったらオペレーターがその家の指定された有権者に質問する仕組みだ。
 電話なので、長い質問や、説明を要する難しい設問は避ける。聞かれる側は短時間に回答を迫られるため、明確な見解を持たない人は、わずかな情報を頼りに「即答」することになる。早く回答して電話を切りたい人は、新聞やテレビの報じる優勢な見解に飛びつきがちかもしれない。回答の大半は、建設的な「輿論」と即答「世論<せろん>」の混在とみていい。
 毎日新聞世論調査は、毎月1回の定例調査が基本で、新内閣が発足したり、参院選の前後など政治情勢の変化に応じてその都度、緊急調査も行い、内閣支持率などの動向を探る。菅直人内閣が発足した6月8日から参院選直後までの調査(選挙情勢調査を除く)は3回。他紙では6回やった社もあり、週1回以上実施した勘定だ。調査の多さと「早出し競争」は年々、エスカレートしている。
 最近の内閣支持率の動向をみると、安倍晋三内閣以降、福田康夫麻生太郎鳩山由紀夫の4首相とも発足時に最高値をつけて以降、支持率が右肩下がりとなり、政権を投げ出したパターンが続く。菅内閣も発足直後こそ66%のV字回復を示したが、その後は参院選の敗北をはさみ下降する一方だ。支持率は期待度と実績への評価と言われるが、最近の内閣は、ネガティブな報道も影響してか、実績を残せぬまま負のスパイラルに陥る傾向が強まっている。
 任期途中で支持率が大きく回復したのは、最近では小泉純一郎内閣だけだ。これは、支持率が下がるタイミングを見計らったように、電撃的な北朝鮮訪問をしたり、人気の高い安倍氏を幹事長に抜てき、果ては郵政解散を仕掛けるなど巧みな人気浮揚策を取ったからだ。だが、その評価は賛否半ばする。世論調査自体がポピュリズム大衆迎合主義)を促しているといった批判もつきまとう。
 ◇「メディアの世論形成能力が劣化」
 世論調査の多用について埼玉大の松本正生教授は「裏を返せば、マスメディアの世論形成能力が劣化している表れだ」と指摘する。耳の痛い話だが、調査結果をタテに政局の流れを増幅させるような報道をするとすれば反省すべきだろう。他方で、政治家の側も調査に一喜一憂せず、結果に冷静に耐えぬく覚悟が必要だ。政党の代表が2年や3年で代わるといった党則の問題も、政局を不安定にしている要因だろう。
 世論調査を実施する側としては、現行の内閣支持率だけでなく、野党第1党の政策評価とか、政権党の将来的な政策立案能力など長い目で政権を評価できるような多様な設問を工夫していく必要があると考えている。日本の世論調査はある意味で戦後の民主主義を支えた貴重な文化的財産といえる。世俗的な「世論<せろん>」を真の「輿論」にしていくために、メディアも政治家も調査をさらに生かしていく知恵と覚悟が問われていると思う。