武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 1月第3週に手にした本(16〜22)


*情けないことに書庫にあることを忘れて同じ本を買ったり、読んだことすら忘れて図書館に予約を入れたりするようになってきた。読んだり読みかけたりした本を備忘録としてメモ、週1で更新しています。
宮澤淳一著『グレン・グールド』(春秋社2004/12)*グールドの演奏に魅せられ、興味が湧いて何冊か読んだが、この本は、これまでの知的渇きを一気に癒してくれた。詳細な調査に基づく記述は明解、資料を積み重ねながら、謎の天才音楽家を読み解いていくプロセスは、ミステリィを読むような知的興奮がある。メディア論、演奏論、アイデンティティ論の3本柱の沿った見事な論述、とくに第3章の視点が見事にグールドを語っている。
◎ブリア・サヴァラン著/関根秀雄訳『美味礼賛』(白水社1963/1)この本の原標題は「味覚の生理学」、副題は「超絶的美味学の瞑想」とあるように、味覚についての幅広い瞑想と探求の書である。話題が方々へとぶので通読するのは辛い。理論書と言うよりも、フランス製の味をめぐるデキゴトロジーの本と言った方が当たっている気がする。食に関する膨大なエピソードの集積であって、レシピ集としても食材辞典としても役には立たない。食べることへの情熱は確かに伝わる食の一大奇書と評すべきだろう。
辻静雄著『ブリア・サヴァラン「美味礼讃」を読む』(岩波書店1989/12)*戦後のフランス料理界に君臨した偉大な料理研究家にして啓蒙家が、名前ばかり有名な奇書「美味礼讃」をどう料理するか興味深くて手にした。全5回の講義録だが、さすがの辻先生も悪戦苦闘、誰がやってもスッキリ解体出来るような本ではなかった。辻静雄の著作の中でも読みにくいベストだろう。
◎森詠著『少年期―オサム14歳』(集英社2005/3)*映画化された名作「オサムの朝」の続編、前作の那須野町から黒磯町の黒磯中学に転校してからの中学校生活を爽やかに描いた学園物。描写が緩やかで季節の変化が丁寧に描き込まれているので、自分の中学校時代を振り返りながら読めて楽しめた。自然が色濃く残っていた高度成長以前の、長閑さが気持ちよく回想出来る。自伝風作品4部作の1冊。
◎斉藤憐著『ジャズで踊ってリキュルで更けて―昭和不良伝・西條八十』(岩波書店2004/10)*数少ない西條八十の評伝、西條八十の再評価に道を付ける可能性十分な好著。著者の昭和不良伝シリーズという評伝シリーズの一冊。本職は劇作家のよう、記述の構成が変化に富み、やや落ち着きに書ける展開だが興味深く面白く読めた。
青木正美著『古本屋奇人伝』(東京堂出版1993/9)*5人の古本屋らしくない古本屋主人の人物伝、山王書店主以外は全部明治生まれ、古本屋が繁盛していた良き時代をしのぶよすがとなるなる一冊。
林哲夫著『古本屋を怒らせる方法』(白水社2007/8)*この本の表題は一種のジョーク、同じ題の随想が納められているだけで、内容は<古本で遊ぶ方法><古本と出会う方法><古本を読み解く方法>の三つのテーマで括られた古本と読書にかかわる随想集、広く深い著者の蘊蓄が味わい深い文体でさり気なく綴られた好読み物。
清水孝純著『漱石そのユートピア的世界』(翰林書房1998/10)*漱石の前期の世界をユートピアをキーワードにして解読しようと試みた評論、すっきり解き明かされたという印象にはならなかった。
清水孝純著『笑いのユートピア―「吾輩は猫である」の世界』(翰林書房2002/10)*全11章の漱石の猫の世界を、詳細に各章ごとに解読を試みた力作評論、猫の世界の読解になっているが、猫の面白さが捕らえ切れていない気がした。
小林信彦著『小説世界のロビンソン』(新潮社1989/3)*自伝的に語られた読書遍歴だが、記述の視点をひたすら読書の面白さに絞り込んだ、読書案内。こういう風に読めば確かに面白かろうと頷かせられこと多し、漱石の猫のくだりなど研究書を凌ぐレベル、エンタティンメントと純文学を等距離から読み解くという課題に挑戦した力作。