武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 どさくさ紛れの暴挙=平和主義の転換か

 消費増税関連法案をめぐる国会での民主・自民・公明3党の茶番劇に紛れるようにして、この国の平和主義を掲げる基本理念を形骸化するような重要な法の改変が相次いでいる。しかも、そのことは十分に議論も報道もされることなく進行しており、メディアはことの重大性にまるで頬被りしているかのよう、こういう状況が一番危ない。あれがターニングポイントだったと、振り返ってみる日が来ないことを願う。
 東京新聞が、今日の朝刊のトップで、その問題点をアピールしてくれたので、私も事態の大変さにようやく気が付いた。良識と勇気のある良い記事だ。新聞の宿命ですぐに消えてしまうので、そっくり全文を引用しておきたい。

《「原子力憲法」こっそり変更》 (2012年6月21日 東京新聞朝刊)
 二十日に成立した原子力規制委員会設置法の付則で、「原子力憲法」ともいわれる原子力基本法の基本方針が変更された。基本方針の変更は三十四年ぶり。法案は衆院を通過するまで国会のホームページに掲載されておらず、国民の目に触れない形で、ほとんど議論もなく重大な変更が行われていた。
 設置法案は、民主党と自民、公明両党の修正協議を経て今月十五日、衆院環境委員長名で提出された。
 基本法の変更は、末尾にある付則の一二条に盛り込まれた。原子力の研究や利用を「平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に」とした基本法二条に一項を追加。原子力利用の「安全確保」は「国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として」行うとした。
 追加された「安全保障に資する」の部分は閣議決定された政府の法案にはなかったが、修正協議で自民党が入れるように主張。民主党が受け入れた。各党関係者によると、異論はなかったという。
 修正協議前に衆院に提出された自公案にも同様の表現があり、先月末の本会議で公明の江田康幸議員は「原子炉等規制法には、輸送時の核物質の防護に関する規定がある。核燃料の技術は軍事転用が可能で、(国際原子力機関IAEAの)保障措置(査察)に関する規定もある。これらはわが国の安全保障にかかわるものなので、究極の目的として(基本法に)明記した」と答弁。あくまでも核防護の観点から追加したと説明している。
 一方、自公案作成の中心となった塩崎恭久衆院議員は「核の技術を持っているという安全保障上の意味はある」と指摘。「日本を守るため、原子力の技術を安全保障からも理解しないといけない。(反対は)見たくないものを見ない人たちの議論だ」と話した。
 日本初のノーベル賞受賞者となった湯川秀樹らが創設した知識人の集まり「世界平和アピール七人委員会」は十九日、「実質的な軍事利用に道を開く可能性を否定できない」「国益を損ない、禍根を残す」とする緊急アピールを発表した。
◆手続きやり直しを
 原子力規制委員会設置法の付則で原子力基本法が変更されたことは、二つの点で大きな問題がある。
 一つは手続きの問題だ。平和主義や「公開・民主・自主」の三原則を定めた基本法二条は、原子力開発の指針となる重要な条項だ。もし正面から改めることになれば、二〇〇六年に教育基本法が改定された時のように、国民の間で議論が起きることは間違いない。
 ましてや福島原発事故の後である。
 ところが、設置法の付則という形で、より上位にある基本法があっさりと変更されてしまった。設置法案の概要や要綱のどこを読んでも、基本法の変更は記されていない。
 法案は衆院通過後の今月十八日の時点でも国会のホームページに掲載されなかった。これでは国民はチェックのしようがない。
 もう一つの問題は、「安全確保」は「安全保障に資する」ことを目的とするという文言を挿入したことだ。
 ここで言う「安全保障」は、定義について明確な説明がなく、核の軍事利用につながる懸念がぬぐえない。
 この日は改正宇宙航空研究開発機構法も成立した。「平和目的」に限定された条項が変更され、防衛利用への参加を可能にした。
 これでは、どさくさに紛れ、政府が核や宇宙の軍事利用を進めようとしていると疑念を持たれるのも当然だ。
 今回のような手法は公正さに欠け、許されるべきではない。政府は付則を早急に撤廃し、手続きをやり直すべきだ。(加古陽治、宮尾幹成)
原子力基本法> 原子力の研究と開発、利用の基本方針を掲げた法律。中曽根康弘元首相らが中心となって法案を作成し、1955(昭和30)年12月、自民、社会両党の共同提案で成立した。科学者の国会といわれる日本学術会議が主張した「公開・民主・自主」の3原則が盛り込まれている。原子力船むつの放射線漏れ事故(74年)を受け、原子力安全委員会を創設した78年の改正で、基本方針に「安全の確保を旨として」の文言が追加された。

 なお、記事にある世界平和アピール七人委員会の声明文は以下のURLで読めるので、是非アクセスして読んでみてほしい。
http://worldpeace7.jp/modules/pico/index.php?content_id=127
 他紙でも、この問題について触れていないわけではないが、場所が奥まっていたり、目立たない場所だったり、記述が他人行儀だったりして、編集姿勢に大きな違いがある。最近、東京新聞はよく頑張っている。


追記)その後、ネット上に両条文を探し、問題箇所を見つけだした。以下に条文のあるURLと問題箇所を引用する。その後、政府は官房長官談話として、軍事的意図を否定しているが、条文を素直に読み込むことも大事である。参考にしてほしい。
原子力規制委員会設置法案
http://www.y-shiozaki.or.jp/contribution/pdf/20120420104341_p71N.pdf
問題の附則の第五条を全文引用する。問題の箇所を太字にしてある。やがてこの条文が一人歩きし始めた時のことを想像してみてほしい。

第五条  原子力利用における安全の確保に係る事務を所掌する行政組織については、この法律の施行後三年以内に、この法律の施行状況、国会に設けられた東京電力福島原子力発電所事故調査委員会が提出する報告書の内容、原子力利用の安全の確保に関する最新の国際的な基準等を踏まえ、核物質の防護を含む原子力利用における安全の確保に係る事務が我が国の安全保障に関わるものであること等を考慮し、より国際的な基準に合致するものとなるよう、内閣府に独立行政委員会を設置することを含め検討が加えられ、その結果に基づき必要な措置が講ぜられるものとする。

独立行政法人宇宙航空研究開発機構
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H14/H14HO161.html
以下の条文の太字部分が今回 削除されたことになる。「平和目的に限り」が削除されて宇宙開発に今後 何が起こるか、限りない未来の多様な選択肢にまで創造力を広げてみてほしい。

(機構の目的)
第四条  独立行政法人宇宙航空研究開発機構(以下「機構」という。)は、大学との共同等による宇宙科学に関する学術研究、宇宙科学技術(宇宙に関する科学技術をいう。以下同じ。)に関する基礎研究及び宇宙に関する基盤的研究開発並びに人工衛星等の開発、打上げ、追跡及び運用並びにこれらに関連する業務を、平和の目的に限り、総合的かつ計画的に行うとともに、航空科学技術に関する基礎研究及び航空に関する基盤的研究開発並びにこれらに関連する業務を総合的に行うことにより、大学等における学術研究の発展、宇宙科学技術及び航空科学技術の水準の向上並びに宇宙の開発及び利用の促進を図ることを目的とする。


追記)翌日になって、やっと朝日新聞の社説に、この問題が取り上げられた。だが、他紙は沈黙、こんな大問題なのに民主党の内輪もめに目が釘付け。せっかくなので朝日の社説も全文引用しておこう。

原子力基本法―「安全保障」は不信招く朝日新聞6/22朝刊社説)
 原子力基本法に「我が国の安全保障に資する」という文言を入れる法改正が成立した。核兵器開発の意図を疑われかねない表現であり、次の国会で削除すべきである。
 原子力政策の憲法ともいえる基本法は、1955年に定められた。原子力の「平和利用」を旗印に「民主、自主、公開」の原則を掲げている。
 そこには被爆国日本の体験を踏まえ、核兵器開発だけには手を染めないという戦後の決意があった。
 その変更が衆議院では議案を提出した日に可決、5日後に参議院でも決まってしまった。
 それも、民主、自民、公明3党の合意をもとに原子力規制委員会設置法を成立させたとき、その後ろにある付則のなかで、上位法である基本法を改めるというやり方である。
 「安全保障」という言葉は、日本語でも英語でも「国家の防衛」という意味がある。そして原子力発電の技術は、核兵器と密接な関係にある。
 核兵器を決して開発しないという日本の信用を傷つけぬように努めなくてはならない。
 参院環境委員会で、推進した議員は、「安全保障」は核物質の不正転用を防ぐ国際原子力機関IAEA)の保障措置などを指す、と説明した。
 もしそうなら「保障措置」と書けば済む。それをなぜ「安全保障」としたのか。
 この言葉が加わった第2条には、原子力の利用は「平和の目的に限り」という文言がある。
 だが、日本が核兵器の材料になるプルトニウム保有国であり、それをさらに生む核燃料再処理にこだわっている現状を見れば、国際的には別の意味合いを帯びる。
 日本には核兵器開発能力があり、潜在的な核抑止力を持つという一部の考え方を後押ししかねない。そのような発想から離れない限り、世界から核の危険はなくならない。
 我が国の安全保障に資する、という文言は08年にできた宇宙基本法にもあった。今回、これに沿って宇宙航空研究開発機構JAXA)法も、駆け込みで改正された。JAXAの仕事を「平和の目的」に限るという条件を緩めたのである。
 福島第一原発事故で科学技術に対する信頼が弱まるなかで、その暴走を食いとめる必要を多くの人々が感じている。
 それなのに、原子力、宇宙開発といった国策に直結する科学技術に枠をはめる法律が、国民的な議論をせずに、変えられていく。見過ごせぬ事態である。


追記北海道新聞の社説にも、ことの重大性を憂慮する主張があったので、全文引用しておこう。

原子力基本法 軍事利用に道開く気か北海道新聞6月23日社説)
 「原子力憲法」といわれる原子力基本法に重大な変更が加えられた。
 平和目的に限るはずの原子力利用について「わが国の安全保障に資すること」も目的とする項目を追加したのだ。
 核兵器保有など軍事目的に転用する意図があると疑われても仕方ない。「非核三原則」「平和主義」の国是を揺るがしかねない問題だ。
 手法も変則的だ。先に成立した原子力規制委員会設置法の付則で、基本法の改正を定めたのである。成立が急がれる法案に潜り込ませ、十分に審議しなかった。姑息(こそく)な態度だ。
 外国では早くも反発が出ている。項目を削除するための法改正の手続きをすぐに始めるべきだ。
 原子力基本法は日本が核武装しないことを決めた最初の法律だ。「情報の完全な公開」「民主的な研究体制」「外国に依存しない自主性」の3原則を条件に原子力研究を推進することを国内外に宣言した。
 「安全保障」という言葉は国を防衛するという意味を含む。これを原子力研究・利用の目的に加えれば軍事利用への懸念が出るのは当然だ。
 日本はすでに核兵器の材料になるプルトニウム保有し、ウラン濃縮技術も保持している。韓国メディアでは日本の核武装を憂慮する報道が相次いだ。外国が日本に向ける疑いの視線に敏感でなければならない。
 規制委設置法は議員立法だった。基本法への項目追加を主導したのは自民党だ。以前から有力者が原子力の軍事利用に積極的な発言を繰り返してきた党である。
 審議で法案提出者の自民党議員は「安全保障」とは核物質の軍事転用を防ぐ国際原子力機関IAEA)の保障措置などを規制委に一元化する意味だと説明した。それなら「保障措置」と表現すれば済む。なぜ「安全保障」を目的としたのか。
 民主党の対応もおかしい。野田佳彦首相が反対を押し切って決定した原発再稼働の前提が規制委設置法の成立だった。項目追加を主張する自民党に妥協することで、法案の早期成立を狙ったとしか考えられない。
 基本法への項目追加で一致した民主、自民、公明の3党はこうした疑問に明確に答えなければならない。
 そもそも原子力利用の理念を示した基本法を、規制機関の設置法で改正することは許されない。根本的な議論を避けたまま国の重要政策の方向性を曲げるような立法のあり方は国会の信頼を失墜させる。
 規制委設置法はあまりに多くの疑問を残したまま成立した。問題となった項目を削除する改正法案を提出し、その審議の中で原子力利用は平和目的に限るという原則をもう一度確認するべきだ。


追記)24日になって沖縄タイムスにもこの件の社説がのった。全文引用しておこう。

原子力基本法]なぜ今、「安全保障」か沖縄タイムス6/24)
 不意をつかれた、としか言いようがない。「原子力行政の憲法」ともいえる原子力基本法に「我が国の安全保障に資する」との目的が追記された。核兵器開発の意図を含むかのような重大な文言修正である。追加文言の削除と徹底論議をあらためて求めたい。
 今回の法改定は、あぜんとするような手法がとられた。「安全保障」の追記は原子力規制委員会設置法案の末尾の「付則」に盛り込まれ、それで上位法である基本法の骨格が塗り替えられたのである。
 本来ならば基本法本体の改定を主とする法案を提案し、正面から議論を深めるのが筋だろう。審議に費やす政治的エネルギーを避ける意図でも働いたのか、と勘繰りたくなる。同法案は今月15日、衆院環境委員長名で提出。衆議院で即日可決し、同20日には参議院で可決、成立した。「スピード可決」で議論が尽くされたとは到底言えない。
 しかも、この追記は当初の政府案にはなかったものだ。民主と自民、公明両党の修正協議の中で、自民の意向を受けて加えられたという。
 同法案は、衆院通過まで国会のホームページに掲載されず、多くの国民は「改定決定後」の21日付の一部報道で初めて知ることになった。「密室」で、どさくさに紛れて決められた感はぬぐえない。マスメディアのチェック機能も問われかねない状況である。
 韓国の主要紙などから、日本の核武装や軍事大国化を懸念する論調が上がっている。それも無理はない。改定の過程をたどると、自国民の目にも不可解で看過できない。
 原子力基本法は1955年に制定された。基本方針として「平和の目的に限り」とうたい、「公開」などの原則を掲げている。なぜ今、目的を追記する必要があるのか。
 国内で脱原発世論が高まる今だからこそ、原発を保持する技術的有用性をアピールしたいのではないか。言外に、原発国益上、重要不可欠なのだ、と国民向けにアナウンスする意図も考えられる。安全保障に絡めれば、情報のブラックボックス化も許容される。そんな計算も働いたのではないのか。
 藤村修官房長官は「平和利用の原則は揺るがない」と強調した。改定派の議員は「核物質の軍事転用やテロなどを防ぐ国際原子力機関IAEA)の保障措置などを指す」と説明している。そうであれば「保障措置」という文言を引用すべきだ。軍事的ニュアンスを含む「安全保障」という表現を使う必然性はない。
 「原子力の平和利用」は53年の米国の政策転換に由来する。背景には核兵器開発競争で主導権を握る思惑や、原発を一大輸出産業と位置付ける米国の利害が反映していた。
 時代を経てもなお、安全保障面で米国の「核の傘」に依拠し、非核政策との矛盾を負う日本の現実は変わらない。一方で、原子力の源が「核」である以上、平和利用も致命的リスクと直結する現実を、国民は直視するに至った。原子力の本質と向き合った上で「原発」「安全保障」「米国との関係」をトータルでとらえる思考を培う必要もある。


追記)今度は、韓国の全国紙中央日報に掲載された関連社説がみつかった。辛辣だが、的確な状勢判断には説得力がある。参考になるので、全文を引証しておこう。

【社説】核武装疑惑を自ら招いた日本[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版](2012年06月22日)
日本が原子力関連法に「安全保障」いう表現を挿入し、波紋を起こした。日本議会は20日、原子力規制委員会設置法を通過させ、法の目的を規定した1条に「我が国の安全保障に資する」という言葉を入れた。これとともに1995年に制定された原子力基本法2条を改正し、原子力研究と利用、開発の基本方針に「国の安全保障」を追加した。日本が核武装できる法的根拠を用意したのではないかという疑問とともに、北東アジアの核ドミノに対する懸念が出ている。
藤村修官房長官は「日本政府としては原子力を軍事転用する考えは一切ない」とし、原子力基本法の改正は核武装へ進む道を開くものではないと強調している。核兵器を作らず、持たず、持ち込まないという「非核3原則」を堅持するという日本政府の立場は揺るがないということだ。「安全保障」という表現は、核物質の誤った転用やテロなどを防ぐために国際原子力機関IAEA)が作った「安全保障措置(safe guards)」を指していて、核武装の可能性を意味するものではないとの説明だ。なら日本がその間使用し続けてきた外来語のまま「セーフガード」と言えばよいものを、なぜ英語で「security」を意味する安全保障という表現を使って誤解を自ら招くのか疑問だ。
しかも日本政界は「原子力憲法」である原子力基本法を改正しながらも、十分な議論を行わなかった。安全保障という表現は保守性向の自民党の要求で最後にこっそりと追加されたという。事前に国会ホームページに載せることもなかった。このため日本政府と政界が将来の核武装の可能性を念頭に置いて、密室野合式の手段を使ったのではないかとの疑惑が提起されるのだ。
日本の極右勢力は北朝鮮の核を理由に核武装を主張してきた。北朝鮮核問題の解決がこじれて、こうした声が高まっているのは事実だ。その気になれば日本は数カ月以内に核武装が可能な十分な能力を保有している。すでに積み上げたプルトニウムだけで30トンにのぼる。多ければ核兵器1万個を作れる量だ。日本の宇宙ロケット技術はいつでも核運搬ミサイル技術に転用可能だ。しかし米国と中国が同意しない限り、日本の核武装は現実的に難しい。日本が国連安保理常任理事国になり、これを基礎に核拡散防止条約(NPT)の核保有国の地位を確保すれば可能かもしれないが、米国はまだしも、中国が同意するかどうか疑問だ。
もし北朝鮮のようにNPT体制の外で核武装をすれば、日本は国際社会の異端児になることを覚悟しなければならない。日本が核武装をすれば、韓国もするしかない。北東アジア全体が核戦争の恐怖に包まれる。そうでなくても日本の軍事大国化を懸念する声が高まっている。こうした中、核武装疑惑までが加わり、日本にとっても良いことはない。日本が誤解を招く余地がないよう原子力関連法の表現を正すことを望む。