武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 「女囮捜査官シリーズ全五巻」山田正紀(幻冬舎文庫)読み出してやめられなくなった奇妙な味わいの傑作ミステリー

toumeioj32005-05-24

 まず著者の山田正紀さんのこと、SF小説、冒険小説、ミステリー、含蓄エッセイ等何を書いても傑作の連発、多才な人っているんだなといつも感心する作家。すごい人です。
 この女囮捜査官シリーズもすごい。bookoffで何気なく手にとって100円で1巻めを買って読み始めたのが事の始まり。とうとう全巻読んでしまいました。
まず、非常に読みやすい。すらすらと読める。地の文と会話の文のバランスがよく、小気味よい行替えがきいていてスピーディに読めること読めること。この軽快な文体は素晴らしい。
解説者の法月綸太郎さんが指摘しているように、主人公北見志穂の設定がいい。犯罪のデータを分析、事件における被害者を研究する被害者学をもとに設置された警視庁科学捜査研究所特別被害者部。おもしろいアイディアじゃありませんか。そこに所属する生まれついての理想的な被害者タイプである志穂のあぶない囮捜査。設定のユニークさはSF的発想か、被害者タイプの犯罪捜査だなんて。どこからこんな発想が出てくるのだろう。山田風太郎に続く奇想作家は今や彼をおいて他にいないのでは。
この特別被害者部の志穂の相棒が袴田刑事。そのさえない感じが素晴らしくいい。やる気がないので志穂はたちまちピンチに。そんな袴田刑事がいったんがんばりだすとそのしつこいこと、いいコンビだ。
全5巻は、それぞれ五感の<触覚>、<視覚>、<聴覚>、<嗅覚>、<味覚>と題されるが、内容は必ずしも表題とは一致しないが、どの巻も趣向を凝らしてあり、飽きさせない。シリーズを意識しなければ、それぞれ単独でも中編ミステリーとして十分に楽しめる。
<触覚>は通勤電車の無差別連続殺人事件。<視覚>は首都高のバラバラ殺人事件。<聴覚>は嬰児誘拐事件にからむ多重人格物。<嗅覚>は全身の毛をすべて剃られた奇妙な全裸女性殺人事件。<味覚>は強力な闇の権力機構との孤独な戦い。これ以上は読んでのお楽しみ。女性を被害者とする異常犯罪への女性からの窮鼠猫を噛むような意外な反撃が魅力。
全巻を読み終えて、ヒロイン北見志穂の透明で存在感のなさが哀れさとなって身にしみる。強くてくっきりと立ち上がってくるヒロイン像は多いが、この志穂ほど存在感が希薄なヒロインも珍しい。美人だという設定だがけっして人を威圧するような攻撃的なタイプの美人ではないのだろう。儚げな美人。私には最後まで志穂の具体的なイメージが浮かんでこなかった。不満なのではない。そのユニークなヒロイン像の奇妙な味わいがすこぶる面白かったのだ。
5巻目の設定がいい。どんでん返しもここまでくると開いた口がふさがらない、勿論いい意味で。著者は、この5巻目を可なり早い段階で思いついたのではないか。そして、この5巻目を書きたいがために書き続けたような気がする。内容を書くとつまらなくなるので書かないが、このシリーズは最後まで是非読んでほしい。衝撃のクライマックスとはこのことだ。まさに大団円。山田正紀にまたまた脱帽した。

<追記>テレビ朝日の土曜ワイド劇場で「おとり捜査官北見志穂」というシリーズものがあるようだが、山田正紀は文句を言わないのだろうか。女囮→おとりとなっているが、原作とは似ても似つかない代物。ちなみに、志穂役は松下由樹、何というミスキャスト、ああ・・・・。絶句あるのみ。