武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 動物学的人間像のサブタイトルがついたこの本、1969年11月初版発行となっている。発売当初、大変な評判となり科学的啓蒙書の類としては画期的なベストセラーを記録したように記憶している。人間を改めて動物として捉えなおし、動物学者の視点にたち、多様な角度から種としての人間のありようを見つめなおしたもの。

toumeioj32005-10-30

 著者はまず、人間を動物学的に特徴付けるために、192種の霊長類の中で裸の身体を持っているのは人間しかいないという事実に着目し、第1章の「起源」において、人類の起源と裸であることの進化の上での有利性を解明する。霊長類を他の動物との比較で特徴づけ、その中で人類の特殊性を浮かび上がらせると言う手法だが、徹底して人間を動物として捉えようとする姿勢がはっきりと示される章となっている。
 それにしても、本の題名に選んだほどの<裸>の理由説明が、それほど重要ではないとして軽く扱われるその他の理由の方に比べてつまらないのはどうしてだろう。人類が裸の狩猟性ヒトニザルとして進化した根拠は、本書の中でも納得しづらい主張の一つだった。才気にあふれユーモア満天、随所でニヤリとしてしまうところが多いのに、この第1章だけは力が入りすぎたのか、この先の面白さに比べて少し退屈。
 第2章「セックス」では人間の性行動全般を取り上げ、ナルホドと納得する記述が最も多いところ、才筆がさえわたり、常に具体的な事例を列挙し、うれしそうに著者は裸のサルの性行動の特異性をこれでもかと記述して読者を楽しませてくれる。後に「マンウォッチング」と題された別の本でさらに詳細に検討されたところだが、人の恋愛行動を動物学的に分析し評価する著者の筆はすごく生き生きしている。数ある動物の中で、人間の性行動がいかに特殊なものであるか、そのことをかくもはっきりずばり示されたことだけでも大いに価値がある。
 第3章は「育児」、動物の中では極めて長期の育児期間を必要とする人間の育児について、これも育てる側と育てられる側の両方から、分析的できわめて客観的な分析と記述が続く。常に動物と比較しながら、人間の成長過程の特異性がはっきりと浮き彫りになる。この章が、一番説得力のある章、どんな育児書を読むよりも、育児の何たるかを簡潔に教えてくれる。著者の科学者としての知見とサービス精神が具合よくバランスがとれたところのような気がする。
 次の第4章「探索」も乳幼児を卒業した人間の幼児期の成長過程の分析、この2章は幅広い目で見れば一種の動物学からする教育論として読める。ネオフィリアとネオフォビアの相克として人間の子どもの好奇心をとらえるところなど、子どもの成長過程の記述として見事と言うほかない。
 第5章「闘い」、第6章「食事」、第7章「慰安」、この3つの章では、現代人を含む人間の行動特性が、動物との比較で捕らえなおされる。ここでは心なしか著者の筆の運びにニヒルと言うか、人間達の行動に対する否定的なニュアンスが主調低音のように背後に流れて、筆が重そう。
 最後の第8章で「動物たち」では、人類と付き合ってきた家畜やペットなどの動物達が取りあげられ、整理され位置づけられ、説明される。そして最後に人口爆発の問題が警告され、幕が下りる。
 最近読み返してみて気づいたことだが、動物学者からの科学的啓蒙書としては、少しも古びた感じがしなかった。その後の研究で、古くなったところがあるかもしれないが、今なお十分に新鮮な読み物といえる。