武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『北海道田舎移住日記』はた万次郎著(集英社文庫)

toumeioj32005-12-08

 この本は数年前に近所のbookoffの100円コーナーで買ったような気がする。北海道を旅することが好きなので北海道が題名にあったから何冊か求めて買う本の中に加えておいたのだ。日記形式でしかも日付入りで書かれたもののリアリティーが好きで、日記本は時々読んで楽しんできた。
 読み始めて驚いた。はた万次郎さんの文章には、全くと言っていいほど力みが感じられないのだ。これほどの寛いだ文体ともなると、完成の域に達した芸と言いたくなるほど、まったく見事な自然体、読み始めたとたんに、この本には人を「癒す」力があると確信できたほど。これほどに寛いだ文体、めったに出会えるものではない。その点がこの本の最大のセールスポイント。
 そして、本の随所に配置されている漫画の素朴な味わいがいい。寛いだ文体に寄り添うように、愛らしい挿絵が次々と出てくる。イラストが表現する情報量の大きさにいつも感心することが多いが、はた万次郎さんのイラストには視覚的に説明してくれる情報のほかに、ほのぼのとした情感が加味されているような気がする。読み進んでいくうちに、イラストが待ち遠しくなってくる。まだかなと思って読んでいくと、次のイラストが実にいいタイミングで出てくる。
 次は本書の中身、表題にあるように内容は北海道の田舎への移住だが、半端な田舎ではなく、可なり徹底したと言えばいいか、本格的な田舎暮らしを実践したところが、お話を面白くしたのだと思う。北海道生まれの著者さえ聞いたことがなかった下川町での暮らしの一コマ一コマがユーモラスで素朴で楽しい。漫画家としての著者の目配りの良さだという気がする。実は大したことはないのだが、次々とトラブルと言うか失敗と言うか、小さな災難に次々と遭遇し、ドタバタ喜劇が次々と展開する。これが実に楽しい。
 そして、下川村の村民の方々との心温まる素朴な交流、もともと移住してきた人たちばかりなので北海道人は人付き合いの上手い人が多いが、この本では、はた万次郎さんの人柄がやっぱり渋く光っている。田舎暮らしの要諦は、人付き合いにあると言う話を聞いたことがあるが、その点では著者の振舞いは申し分ない。見習いたいくらいだ。
 最後に、本来は寂しいはずの30歳の独身生活を明るく演出してくれているウッシーと言う名のワンちゃんの存在、まるで家族のように、いや、家族以上に著者に寄り添い、田舎暮らしを引き立ててくれるこのペットの存在は大きい。ペットは、飼い主に似るというが、ウッシーはもう一人のはた万次郎となって、著者の予想を超える活躍を繰り広げる。著者とウッシーの暖かい共同生活が、本書の大きな魅力となっている。
 肩の凝らない本を読みたい人、北海道が好きな人、その方面の本としてはベストテンに入る一冊だから、是非手に取ってみて、決して損はしないよ。