武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『バカの壁』養老孟司著(新潮新書)

toumeioj32005-12-20

 2003年4月発行とあるので、この本が200万部を越える超ベストセラーを記録してから、可なり時間が経過したことになる。何がそんなに売れるのか、気にはなっていたがチト無神経な題名が気に入らなくて、手には取ってみたが買ってまでは読む気になれなかった。最近bookoffの100円コーナーで見つけたので100円ならいいかと思い読んでみた。私には、200万部も売れた=読まれた理由が、ついに分からなかった。あるサイトの情報では、2005年現在の発行部数は400万部とか、全く訳が分からない。
 全体は以下のような7つの章で構成されている。

1. 「バカの壁」とは何か
2. 脳の中の係数 
3. 「個性を伸ばせ」という欺瞞
4. 万物流転、情報不変
5. 無意識・身体・共同体
6. バカの脳
7. 教育の怪しさ

 1,2,6の章あたりに脳の話が出てくるが、脳を専門とする科学的な話は、ほとんど期待しても無駄。現在の認知科学の水準から見ると、ほとんど素人の域を出ない話の連続、しかも、どのエピソードをみても、決め付けるような断定ばかりが目立ち、根拠の提示が欠けている。正直言って、読むのが苦痛。
 3章の<個性>の話、4章の<情報>の話、5章の<無意識>の話、それらのところには部分的に同感できる部分もありはした。まえがきに独白を文章化した本だと断ってあったが、自分勝手な話が、こうも延々と話せると言うところは確かに凄い。一方的に話すのが、よほど得意な人なのだろう。
 150ページの「犯罪者の脳を調べよ」の内容が、すごく気になった。暴論もここまで来ると、行き過ぎとしか言いようがない。「バカの脳」という題のこの章、特に逸脱が目に付いた。153ページの次の文章など、明白な誤りであり、色覚差別を助長する内容なので、訂正してもらいたいところ。本文は、以下のようになっている。

実際、現実世界ではすでに身体の能力によって様々な制限が加えられているわけです。たとえば、赤緑色盲の人間は「信号の区別が付かない」という理由で運転免許が取れない。脳のことだけを特別視する理由はありません。

 参考までに、この国の色覚による職業制限の現状を引用しておこう。

 日本では現在は偏見が薄れ、少しずつ改善傾向にある。運転免許については信号機の色が弁別しづらいために取得できないという根強い誤解があるが、実際には運転免許試験場で石原表でなく、赤、黄、緑の3枚のプラスチック板の色を弁別できれば、運転免許を取得できる。これは強度の色覚異常であっても問題なく答えられる試験であり、色覚異常によって免許を取得できないケースは実際上存在しない。
 運転免許が取得できるにもかかわらず、市バスなどの運転手では採用を排除しているケースが以前は多かったが、最近は色覚異常を条件としない自治体が徐々に増えている。
 船舶免許も、パネルD15テストの結果が正常な程度の弱度の異常であれば、免許を取得できるようになっている。2004年からは、小型船舶に関しては強度異常であっても夜間の船舶の舷側灯の色が識別できれば免許を取得できるようになった。(ウィキペディア色覚異常より)

①<色盲>という既に使われなくなっている差別用語を無批判に使用していること。②運転免許の取得に適正検査があり色覚検査はあるが、色覚異常を理由に免許が取得できないケースはほとんど存在しないこと。③こんな愚にもつかないことを根拠にして、犯罪者の脳を調べよ、などととんでもないことを言うなんて空いた口がふさがらない。
 私には、この本が400万部も発行された理由が、ついに分からなかった、誰か教えて。