武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『ルー・ガルー 忌避すべき狼』 京極夏彦著(発行徳間書店)

toumeioj32006-01-17

 若い人たちに人気の稀代のストーリテラー京極夏彦が書いた、舞台を近未来に設定したSFミステリーということなので、頑張って読んでみた。750ページを超える分厚い本のせいか、2冊分の本を読んだような読み応えがあった。そして、たっぷりと楽しませてもらった。その楽しかったところを少し整理してみよう。
 ①2冊分の本と感じたのはどうしてか。前半は物語がなかなか動きださなくて、どうしたものかと気を揉んだ。2030年代の近未来社会の設定で、読者から公募したアイディアを使ったらしいが、教育制度や都市の構造、警察機構など、大胆で詳細な近未来像を駆使して描く未来像が面白い。ケータイのような電子端末を、個人が描く世界像のキーにしたところが凄い。電子端末イコール個のアイデンティティーとしたところがミソ。多分中央集権的な権力機構なのだろうが、権力構造はあまり描かれていない。むしろ、未来社会で育つ子ども達が、電子端末に骨の髄まで依存して暮らしている様子が不気味だった。抑圧から解き放たれ、自由にのびのびと管理社会に暮らしているようすが何よりも怖い。やや退屈だが、京極さんが全力投球で描きあげる近未来の社会像の怖さを味わうだけでも、このお話は読む価値がある。
 ②物語の構造もよくできている。全部で31章になる物語は、奇数の章が4人の14歳の少女達の物語、偶数の章は少女達のカウンセラーを務める不破という名の中年女性と橡という名の中年刑事の物語、4人の少女と2人の中年男女が絡まりながら物語が展開してゆく。ミステリーの中心にあるのは、残虐な連続殺人事件だが、4人の少女たちは事件とのかかわりの中で喪失していたリアリティーに目覚め、中年の二人は、自らが置かれていた立場の欺瞞を引き剥がしてゆく。中年の二人は、現在の社会の残像を引きずっており、読者が感情移入しやすい仕組みになっている。4人の少女達は、全く新しい未来社会が生んだ人間として設定されてその違い鮮やかに描き分けられている。
 ③後半は、物語が徐々に加速し、あれよあれよという間にクライマックスに達してしまう。4人の少女達の胸のすくような少し劇画風の活躍がチトご都合主義的。相手役の悪人ぶりが最後に来て急に薄っぺらく感じられたのも惜しい。少女達をもっと危機に落しいれハラハラドキドキさせてもらえたら、もっと楽しめたのに。でも、後半のスピード感はなかなかのもの。物語は30章で事実上終わりになるが、付け足しの31章をどう解釈したらいいのだろう。「結局なにも変わらなかった」と書いているが、悪は30章で滅びたのに、変らないというのはどういうことか。登場人物たちが組み込まれている未来社会の日常性のことだろうか。この物語が再び最初の状況設定に戻るのはやりきれない。もともとこのお話は、設定自体を突き破るストーリではなかったわけだが、気分の晴れない終わり方。社会を変革するお話ではなかったというだけのことだろう。
 ことほど左様にとても読みでのある1冊、物語が好きな人、風変わりなSFが読んでみたい人には是非お薦めしたい。