武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『都市と星』アーサー・C・クラーク著 山高昭訳 (ハヤカラ文庫SF)

 数日前の新聞でアーサー・C・クラーク氏の死去が報道されていた。現役最高のSF作家の一人と評価していた人だけに悄然となった。実現していないテクノロジーの未来を創造することは、実際に頭をひねってみるといかに難しいことかよく分かるが、科学技術の未来像を描くことにかけては、類をみない傑出した作家だった。SFの現在が寂しくなった。

 「2001年宇宙の旅」とそのシリーズ、「幼年期の終り」など、すばらしい作品が多いが、今回は『都市と星』を取り上げてみる。著作権のデータをみると、1956年となっているので今から50年以上前の半世紀も前の作品だが、古い感じはあまりない。
 この作品は、設定が凄い。人類の文明が発展し、宇宙に進出し、銀河系に広がり、その銀河帝国も崩壊した10億年の未来が舞台。近代にはいって加速度的に発展のスピードを上げてきて、すでに地球の生態系にまで影響を及ぼし始めた人類の10億年の未来ですよ。近未来どころか遠未来でもなく、気の遠くなるほどにも遙かな彼方の未来、そんな未来を舞台にする物語をよくぞ書いたと、まずそのことが驚き。
 SFを読む楽しみの中で、大きな比重を占めているのが、この驚き。センス・オブ・ワンダーと横文字で呼びたいような、ワクワクする壮大な未来の夢物語。そんな期待を間違いなく満足させてくれる古典的な傑作。追悼の気持ちをこめて、この傑作の構造の素晴らしさを列挙してみよう。
 その一、物語の中心となる、遙かな未来の地球の二つの社会が素晴らしい。一つは、「ダイアスパー」と名付けられた究極の電脳都市。この未来都市のコンセプトが秀逸。セントラル・コンピュータが運用する情報パターンで出来た永遠の生命を享受する停滞する天国。生殖も進化も忘れた10億年の宇宙の孤独。このダイヤモンドシティーのイメージは不滅だと思う。対する「リス」と名付けられた自然人たちのテレパシー社会、意志の疎通を極限まで効率化した究極の未来の共同体、ダイアスパーにはチト負けるが、この二つの社会の対比と交流が、沈滞した未来社会を活性化するという設定。
 その二、ダイアスパー出身の主人公「アルヴィン」とリス出身の友人「ヒルヴァー」とロボットの3人による宇宙冒険旅行が、いつもながらのSFの定番だけれど、期待通りのとんでもない異世界の脅威を見せてくれて何とも楽しい。七つの太陽が輝く、宇宙の果ての文明の廃墟の壮大なイメージ、不気味な宇宙の悪意とそれを封印する黒い太陽、どれを取り上げても長い物語が描けそうな素晴らしいアイディアが惜しげもなく登場して、嬉しくなる。
 その三、そして最終的に解明される壮大な10億年にわたる銀河宇宙で繰り広げられた哀愁に満ちた宇宙人類史と、究極の宇宙の知性「ヴァナモント」の幼生との遭遇。SFという名のホラ話もここまでくると立派と言うほかない。
 その四、たまにはラブ・ロマンスのない物語もいい。アリストラという恋人が一応登場するものの、哀れなほど影がうすく、この壮大な物語と何の関係も生まれない。どろどろした愛欲のかけらすら寄せ付けないハードなSF世界が描きたかったのだろう。その割り切った物語作りの姿勢がいい。「2001年宇宙の旅」もそうだったが、女っ気抜きの宇宙物語は、ひたすら壮大なスペクタクルに突き進む。
 この『都市と星』、アーサー・C・クラークさんの物語の特徴が、一番よくでたお話のような気がする。追悼の気持ちを込めて読み返して、惜しい人を亡くしたという気持ちが今更のように込み上げてきて、堪らない気分を味わった。ご冥福をお祈りしたい。
 最後に、クラークさんの訃報に接した、朝日新聞の記事を引用しておこう。

SF作家のアーサー・C・クラーク氏が死去(朝日新聞2008年03月19日)
 映画化された小説「2001年宇宙の旅」などで知られる英国人のSF作家アーサー・C・クラークさんが19日、移住先のスリランカで死去した。90歳だった。
 17年、英国サマーセットの農家に生まれた。46年に発表した短編「太陽系最後の日」でSF作家として注目を集めた。
 その後、「幼年期の終わり」「都市と星」など話題作を次々発表。アシモフハインラインらと並び、世界のSF界を代表する作家となった。科学の最新知識を採り入れて描く宇宙像や未来像の高い予測精度で評価されている。
 68年、スタンリー・キューブリック監督の映画「2001年宇宙の旅」で原作と共同脚本を担当。完成された映像と哲学的な主題で、今もSF映画の金字塔とされる。続編となる小説「2010年宇宙の旅」「2061年宇宙の旅」「3001年終局への旅」を書き継いだ。
 ダイビングを愛し、スリランカの海に魅せられて56年に移住。同国の伝説をもとにした「楽園の泉」を発表。「宇宙のランデヴー」に続き、この作品でもヒューゴー、ネビュラ両賞をダブル受賞した。
 精力的に小説を発表する一方で、科学技術の振興にも尽力。95年には英リバプール大の名誉博士号を受けている。

 クラークさんの作品は、SFというジャンルの叡智と驚愕の宝石箱、どれでもいいから手にとって見てほしい。