武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 大塚国際美術館見学の印象記(画像は近くの別の展望台から美術館周辺を俯瞰したもの、小高い丘がそっくり施設と一体化している様が分かるかな)

toumeioj32006-03-29

 四国の徳島におもしろい美術館があるという話を伝え聞き、一度行って見たいと思っていたが、ちと遠いのと日程の都合で行く機会がなかった。今度ようやく時間にゆとりができたので思いきっていってきた。羽田から徳島空港行きのスカイエアラインで約1時間、空港からバスで約30分ほど、行ってみて分かったことだが、無理すれば日帰りしようと思えば何とかなる思いがけない近さなのに驚いた。今回は、周辺の観光を兼ねて2泊したが、飛行機とレンタカーを組み合わせると、国内の距離ならほとんど気にならなくなる。
 お目当ての美術館は、徳島県と淡路島の間にあり、四国と本州を結ぶ神戸淡路鳴門自動車道の通り道にある大毛島の小高い丘をくりぬいてできた堂々とした巨大施設。施設そのものは、小高い山の中に潜んでいるので、視覚的には聳え立つ大きさを感じないが、一つの山そのものを施設にしてしまったスケールを想像力で補ってみて欲しい。山を取り去ってみれば、周囲を睥睨するような巨大施設が姿を現すはずだが、海沿いの小高い丘に施設の大部分を隠して、よく言えば自然に溶け込んでいる施設にも見えないことはない。
 それにしてもこの施設(美術館なのだがつい施設といいたくなる)の規模の大きさにには目を見張る。地下部分が3階、地上部分が2階あり、合わせて5階の総てが美術館、大きな美術館はどこでも同じだが持続する注意力と何よりも歩いても歩いても音を上げない脚力を必要とする。美術鑑賞は体力勝負なのだ。各階がエレベータやエスカレータにより複雑に連絡されていて、一種の迷路空間のような感じすら受けるほど入り組んでいる。
 さて、この施設の展示は、1000点を超える展示品が、総て実物大のレプリカ(複製品)になっているところが最大の特徴。展示方法は入館する時にもらえるガイドに出ているが①環境展示、②系統展示、③テーマ展示の三つの展示プランによって整然と展示されている。
 最初、聞きなれない<環境展示>と言う言葉にとまどったが、要するに遺跡や教会などの空間をそのまま丸ごと真似てレプリカを作りましたというもの。この展示方法が一番素晴らしいのではないか。システィーナ礼拝堂のレプリカやゴヤの家と黒い絵のレプリカなど、どうせやるならここまでやって欲しいと誰もが期待するままにそっくり模倣してある。模倣が得意な民族性が顕示されているようで、気持ちがこそばゆくなるほど凄い、素晴らしい。この環境展示は各階に分散されているが、これを見るためだけでも、この美術館には行く価値がある。
 <系統展示>というのは、美術史のテキストを古代から順番に見ていくような感じで、地下3階が古代と中世、地下2階がルネサンスバロック、地下1階がバロックと近代、地上1階と地上2階が現代。これはこれで、教科書風に古代から現代まで、上の階へ上るに従って現代に近づき馴染みのある傑作群に近寄っていくので、ことごとく名のある名作傑作のオンパレードを一堂のもとに鑑賞できるのが、豪華のきわみ。
 <テーマ展示>というのは付け足し程度、一番貧弱で余り見る価値を感じなかった。一つ一つのテーマで展覧会を開けるほどの大きなテーマなので、それを8テーマも並べたのにちと無理があったように思った。この美術館は、環境展示と系統展示で十分におつりが来る。テーマ展示は不徹底で感心しなかった。
 展示の中で、レプリカにしかなしえないユニークな展示があって感心したことがあったので、紹介しておきたい。例えば素晴らしい傑作の壷だが、ここの展示では、壷を周囲360度から写真に撮り、原寸大にして平らに展開して展示してある。壷の形を離れた壷の絵が、それ自体なかなか面白いのに驚いた。このような鑑賞は賛否両論あると思うが、私は壷から抜け出した模様の面白さにびっくりした。古代の石棺の内部の装飾を外に出して連続して眺められるようにしたアイディアも面白かった。一人で見ると自分がミイラになったような気分が味わえることだろう。ダヴィンチの最後の晩餐の修復前と修復後の向き合わせも楽しかった。レプリカにしかなしえないこのような展示方法をもっともっと追求して楽しませてもらいたいと思った。
 ただし、展示品はすべてレプリカ、離れてみていると本物そっくりに見えるが、陶板作成上の技術的なことと思うが、絵と絵の間に境目があること、そして本物はどんなに近寄って見ても本物だが、レプリカは近寄るほどにレプリカでしかないことが分かってしまうこと、これは最初から承知のことだから文句は言えまい。
 私は、この大塚国際美術館で丸一日、十分に楽しませてもらった。レプリカなので触ることも写真を撮ることも自由、オリジナル尊重の堅苦しさ抜きで、自由に鑑賞させてくれるところもいい。まだ行ったことにない方で美術ファンの方には是非お薦めしたい。この国がかつてバブルに沸いていた頃の一端がここに結晶しています。