武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

《世界名詩集大成(全18巻)の<12〜15>(ロシア、ソヴィエト、北欧・東欧、南欧・南米)》 (発行平凡社)1960年

 僅か半世紀にも満たない期間の北ヨーロッパの現代政治の激動が、この全集にも反映して、ロシア篇がロシアとソヴィエトの別の巻になっている。既に、ソヴィエトという国家形態が存在しない今となっては、複雑な感慨にかられてしまうが、この全集の発行当時、ソヴィエトはひとつの社会主義文化の発信源で飛ぶ鳥をも落しかねない勢い、いずれ消滅する運命にあるなどとは、想像すらできなかった時代だった。心底、何が起こるか分からないと思う。

 この国の読者は、伝統的にロシア文学にひかれる傾向があり、この2巻の充実振りも大変に見事、豊穣なロシア文学の言語的背景の奥深い広がりが、なんとか感知できるような気がするほど。何人もの翻訳者が、詩の言語の翻訳不可能性を謙虚に嘆き、かろうじて言葉の意味は日本語化できるものの、詩の言葉が持つ音韻、音楽的な側面がどうしても伝えられないことを苦渋を滲ませて嘆いておられる。私のようなロシア語をまたく解さない読者にとっては、言葉の大きな要素でである意味が汲み取れることだけでも、かなり嬉しいこと。
 この全集の何よりも素晴らしいのは、13巻、14巻のような、通常は詩の雑誌などでもほとんど目にする機会のない、英仏独ソなどの大国以外の国々の詩作品にお目にかかれること、広大な広がりを持つスペイン語文化圏の作品が1巻にならなかったことなど、若干残念なところはあるが、それはそれとして、これらの巻は素晴らしい仕事として賞賛に値する。世界中の名詩集を網羅しようなどという、正当だが途方もない企画があればこそ翻訳が可能になったものも相当数にのぼるのではないか。
 山室静氏の解説によると、北欧諸国など、研究者自体があまりいないのが実態らしくまとめるのに相当苦労されたらしい。南欧篇のイタリアやスペインなどはまだしも、南米や北欧のものが翻訳で読めることは、非常にありがたい。今後、この方面の研究者が増えることを期待するような文言が記されているが、どうなったのだろうか。「北欧・東欧」の巻が、書庫をみたらもう1冊あった。珍しいというか、この全集以外にお目にかかれない詩作品がほとんどで、私にとっては、非常に貴重な本として、大事にしてきたもの。
 それでは、12巻から15巻までの目次を引用しよう。

第12巻 ロシア篇
学問をそしるものたちにむけて(全)   カンテミール著(除村ヤエ訳)
女帝エリサヴェータ・ペトローヴナ陛下の全ロシアの帝位につきたもうた日を記念する頌詩(全)    ロモノーソフ著(除村ヤエ訳)
私の僕たち、シュミーロフ、ヴァーニカおよびペトルーシカに送る書(全)  フォンヴィジン著(除村ヤエ訳)
フェリーツァ(全)   デルジャーヴィン著 (除村ヤエ訳)
自由(全)   ラジーシチェフ著 (石山正三訳)
寓意詩集(抄)   クルイローフ著 (吉原武安訳)
村の墓場(全)   ジュコーフスキー著 (除村ヤエ訳)
スヴェトラーナ(全)   ジュコーフスキー著 (除村ヤエ訳)
バフチサライの噴水(全)   プーシキン著 (水村浩訳)
ジプシー(全)   プーシキン著 (稲田定雄訳)
青銅の騎士(全)   プーシキン著 (中山省三郎訳)
抒情詩(抄)    プーシキン著 (稲田定雄訳)
デカブリスト詩人選集(抄)   オルロフ編 (和久利誓一訳)
貴族オルシャ(全)    レールモントフ著 (一条正美訳)
商人カラーシニコフの歌(全)    レールモントフ著 (一条正美訳)
悪 魔(全)     レールモントフ著 (蔵原惟人訳)
レールモントフ詩集(抄)   レールモントフ著 (一条正美,稲田定雄訳)
コリツォフ詩集(抄)    コリツォフ著 (東郷正延訳)
コブザーリ(全)    シェフチェンコ著 (小松勝助訳)
チュッチェフ詩集(抄)     チュッチェフ著 (泉三太郎訳)
牢獄(全)    オガリョーフ著 (西尾章二訳)
車屋の女房(全)    ニキーチン著 (斎藤勉訳)
幸うすいひとびと(全)    ネクラーソフ著 (中島とみ子訳)
旅の商人(全)    ネクラーソフ著 (久野公訳)
兵士の母、オリ-ナ(全)    ネクラーソフ著 (池田健太郎,佐々木千世訳)
ネクラ-ソフ詩集(抄)    ネクラーソフ著 (谷耕平訳)
最後の歌(抄)    ネクラーソフ著 (井上満訳)
散文詩(全)     ツルゲーネフ著 (神西清,池田健太郎訳)
夕べの灯(抄)    フェート著 (勝田昌二訳)
アー・カー・トルストイ詩集(抄)    トルストイ著 (清水邦生訳)
ナードソン詩集(抄)    ナードソン著 (神西清,池田健太郎訳)
ナードソン遺稿詩集(抄)    ナードソン著 (神西清,池田健太郎訳)
落 葉(抄)    ブーニン著 (樹下節訳)
シンボル(抄)    メレジュコーフスキ-著 (草鹿外吉訳)
太陽の糸(抄)   バーリモント著 (樹下節訳)
碧い空(抄)    ソログープ著 (草鹿外吉訳)
透明(抄)     イワノフ著 (草鹿外吉訳)
キリストは甦り給えり(全)    ベールイ著 (樹下節訳)
革命詩集(抄)    ネチャーエフ他著 (中本信幸,井田明男訳)
【アンソロジー
ロシア詩史(金子幸彦)


第13巻 ソヴィエト篇
ゴーリキー詩集   ゴーリキー著( 山村房次訳)
うるわしきひとのうた(抄)  ブローク著(佐々木千世訳)
十 二    ブローク著(神西清訳)
スキタイ人  ブローク著(佐々木千世訳)
詩集(抄)  ブリューソフ著( 樹下節訳)
ベードヌイ詩集(抄)  ベードヌイ著( 佐々木千世訳)
背骨のフリュート  マヤコフスキー著 (小笠原豊樹訳)
戦争と世界  マヤコフスキー著 (飯田規和訳)
150000000  マヤコフスキー著 (小笠原豊樹訳)
声をかぎりに  マヤコフスキー著 (井上満,西本昭治訳)
二巻詩集(抄)  マヤコフスキー著(西本昭治訳)
二十六人のバラード  エセーニン著 (東一夫訳)
アンナ・スネーギナ   エセーニン著(東一夫訳)
抒情詩集(抄)   エセーニン著 (堀内弘子訳)
回想の歳月(抄)   アセーエフ著 (江川卓訳)
キ-ロフわれらと共に  チーホノフ著 (井上満訳)
グルジア詩集(抄)    チーホノフ著 (袋一平訳)
二つの流れ(抄)    チーホノフ著 (西尾章二訳)
第二回世界平和大会で(抄)   チーホノフ著 (西尾章二訳)
とりでの上へ   パステルナーク著 (稲田定雄訳)
シュミット大尉   パステルナーク著 (江川卓訳)
さまざまな年のうた(抄)   アフマートワ著 (江川卓訳)
石(抄)      マンデリシュターム著 (木村浩訳)
プルコヴォ子午線   インベル著 (小沢政雄訳)
詩 集(抄)   アントコリスキー著 (小笠原豊樹訳)
南 西(抄)   バグリッツキ-著 (吉原武安訳)
勝利者たち(抄)   バグリッツキー著 (吉原武安訳)
遠い遠いかなた   トワルドフスキー著 (田沢八郎訳)
抒情詩選集(抄)   トワルドフスキー著 (稲田定雄訳)
青い春(抄)   ルゴフスコイ著 (峰俊夫訳)
詩 集(抄)    マルトゥィノフ著 (稲田定雄訳)
二月の日記   ベルゴリッツ著 (蔵原惟人訳)
守備隊兵士の思い出   ベルゴリッツ著 (佐々木千世訳)
抒情歌(抄)   ベルゴリッツ著 (佐々木千世訳)
友と敵(抄)   シーモノフ著(井上満訳)
ゾーヤ    アリゲール著 (除村ヤエ訳)
記 憶(抄)   スルツキー著(稲田定雄,江川卓訳)
民族詩人集(抄)   ガムザートフほか著 (和久利誓一ほか訳)
【アンソロジ-】
ソヴェト詩史 (除村吉太郎著)


第14巻 南欧・南米篇
<イタリア>
新 生(全)  ダンテ(三浦逸雄訳)
カンツオニエーレ(抄)  ペトラルカ(池田廉訳)
リーメ(抄)  ボツカツチヨ(三浦逸雄訳)
バルベリーノ村のネンチヤ姐さん(全)  メデイチ(下位英一訳)
オルフェオ物語(抄)  ポリツイアノ(東又清訳)
オルランド狂乱(抄)  アリオスト(坪内章訳)
ミケランジエロ詩集(抄)  ミケランジエロ(杉浦明平訳)
解放されたエルザレム(抄)  タツソ五十嵐仁訳)
アドニス(抄)  マリーノ(五十嵐仁訳)
一 日(抄)   パリーニ(松本芳郎訳)
墳 墓(全)   フオスコロ(中村修訳)
聖 歌(全)   マンゾーニ(奥野拓哉訳)
カンテイ(抄)   レオパルデイ(奥野拓哉訳)
魔神に捧ぐる頌(全)   カルドウツチ(三浦逸雄訳)
青春の季(抄)   カルドウツチ(三浦逸雄訳)
新韻集(抄)   カルドウツチ(三浦逸雄訳)
ミリーチェ(抄)   パスコリ(坪内章訳)
ローマ挽歌(抄)   ダンヌンツイオ( 純孝訳)
マーラの文(抄)   アーダ・ネグリ(有島生馬訳)
破船の愉しさ(抄)   ウンガレツテイ(三浦逸雄訳)
来る日も(全)   クワジーモド(井手正隆訳)
人生は夢でない(全)   クワジーモド(河島英昭訳)
萌えゆく緑散りゆく緑(抄)   クワジーモド(河島英昭訳)
シチリア派詩選(抄)  モンティ他(下位英一訳編)
【イタリア・アンソロジー】(高橋久他訳)

<スペイン>
聖霊頌歌(全)十字架の聖ヨハネ  (芳賀徹訳)
抒情詩集(抄)  エスプロンセーダ(荒井正道訳)
抒情小曲集(全)  ベツケル(荒井正道訳)
サール河畔にて(抄)  デ・カストロ(長南実訳)
寂寞(全)    A.マチャード(鼓直訳)
カステイーリヤの野(抄)   A.マチャード(鼓直訳)
石と空(全)   ヒメーネス(荒井正道訳)
歌 集(抄)   ロルカ(野々山ミチコ訳)
ジプシー歌集(全)   ロルカ(会田由,野々山ミチコ訳)
陸の船人(全)   アルベルテイ(長南実訳)
【スペイン・アンソロジー】   クワン・ルイ他(会田由他訳)

<ラテン・アメリカ>
俗なる続誦(抄)   ダリーオ(荒井正道訳)
荒 廃(抄)   ミストラル(野々山ミチコ,荒井正道訳)
二十の愛の詩と一つの絶望の歌(抄)  ネルーダ(会田由訳)
【ラテン・アメリカ・アンソロジー】  ナヘラ他(会田由他訳)
イタリア詩史(下位英一)
スペイン詩史(会田由)
ラテン・アメリカ詩史(会田由)


第15巻 北欧・東欧篇
デンマーク
知られた詩と忘れられた詩(抄)   アンデルセン(山室静,平林広人訳)
詩と歌(抄)    ドラツクマン(佐藤俊彦訳)
選詩集(抄)    ヨルゲンセン(山室静訳)
生きた水(抄)   ラ・クール(山室静訳)

スウェーデン
ソネット(抄)     スノイルスキー(尾崎義訳)
ギターと手風琴(抄)   フリヨーデンゲ(尾崎義訳)
巡礼と遍歴の歳月(抄)  ヘイデンスタム(尾崎義訳)
フリドリーンの唄とそのほかの詩(全)    カールフェルト(尾崎義訳)
心の歌(全)    ラーゲルクヴイスト(尾崎義訳)

<ノルウエー>
詩 集(抄)    ヴエルゲラン(佐藤俊彦訳)
詩集(抄)     イプセン(山室静訳),
テルイェ・ヴイーゲン(全)    イプセン(尾崎義訳)
詩と唄(抄)    ビヨルンソン(山室静,林穣二訳)
われらはすべてを生き抜く(全)   エーヴエルラン(林穣二訳)
自由(抄)     グリッグ(林穣二訳)

<フインランド>
エイノ・レイノ名詩選(抄)   エイノイノ(桑木務訳)

<オランダ>
五 月(全)    ホルテル(朝倉純孝訳)
この年月の詩(抄)   ゲゼレ(朝倉純孝訳)
新 生(抄)     ローラントホルスト(朝倉すむ訳)

<ベルギー>
アダージョ(全)    テインマーマンス(片山敏彦訳)
温 室(全)    マーテルリンク(片山敏彦訳)
【北欧・アンソロジーヤコブセン他(山室静他訳)

ポーランド
バラードとロマンス(全)    ミツキエヴイッチ(樹下節訳)
クレミヤ・ソネツト(全)   ミツキエヴイッチ(樹下節訳)

チェコスロヴァキア
聖ウラジミールの洗礼(全)    ハヴリーチェク(栗栖継訳)
シレジアの歌(抄)      ベズルチ (坂井松太郎訳)

ハンガリー
ヴェレシュマルティ詩集(抄)    ヴェレシュマルティ(今岡十一郎訳)
ペテーフィ詩集(抄)     ペテーフィ(今岡十一郎訳)
ラニュ詩集(抄)     アラニュ(今岡十一郎訳)
アディ詩集(抄)      アディ(徳永康元訳)

ルーマニア
詩 集(抄)     エミネスク(田中春美訳)

ブルガリア
詩 集(抄)     ボチヨフ(真木三三子訳)

<ギリシヤ>
詩 集(抄)    パラマス(片山敏彦訳)
【東欧・アンソロジー】コハノーフスキ他(浅井金蔵他訳)
北欧,東欧詩概説(山室静)

 どうですか。確かに、ベストセラーにはなりそうにないものばかりですが、チラリとでも覗いてみたいものはありませんか。海外旅行に出かけた折など、ふと、この国にはどんな詩人いて、どんな詩集がでているのかしら、この国の読者は、そんな作品をどんな感じで楽しんでいるのかしら、などと考えることがある。この全集は、そんな疑問に対する帰国してからの手がかりになってきた。