武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『夢十夜』 夏目漱石著・金井田英津子画 (発行パウロ舎1999/3/1)


 版画家として人気が出てきた金井田英津子さんの挿絵が気に入ったので、図書館からこの本を借りてきた。テキストだけで、これまで何度も読んだことがあったのに、この本を読んで「夢十夜」の印象がこれまでになく視覚的になったのには驚いた。
 漱石の作品のなかでは異色な、色彩感豊かな映像的な作品なので、テキストだけの「夢十夜」も、言葉が喚起するイメージの展開をたどってゆくと、シュールな感覚が楽しめるとても面白い作品。意識では制御しきれない夢の世界の話、読んでいくうちに、漱石が暮らしていた精神世界の一隅に紛れ込んだような気がして、忘れられない強い印象を残す。
 ところが、金井田さんの挿絵とともに読んで行くと、挿絵の印象が先行するせいか、初めは漱石のイメージが負けているような気がした。挿絵の間に巧みにレイアウトされたテキストに意識を集中して読んでいくと、やがて挿絵が気にならなくなり、挿絵を背景にして文章が喚起する意味とイメージを楽しむことができるようになり、逆に、挿絵に負けまいとするせいか、言葉からわき上がってくるイメージがこれまでになく鮮明になったことには吃驚した。ページを開くたびに思いがけない挿絵が、文章に先行して目に飛び込んでくるけれど、金井田さんの挿絵は、単なるテキストの絵解きではない、画家による創造的な解釈となっているので、読む方の解釈も挿絵とは別に自由に描くことができ、より豊かな夢の世界が体験できるのではないか。
 マンガ化という方法とはひと味違う、絵本化とでも言うべき、こういう作品化の方法も、大人の絵本としてなかなか面白い試みだという気がした。金井田さんの手によって幾つか、ほかにも絵本化されたものがあるようだが、レパートリーをどんどん広げていってほしい。いくつかの出版社から、大人の絵本もシリーズとして出始めているようなので、そちらの方も楽しみである。