武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『病院建築のルネッサンス 聖路加国際病院のこころみ』 藤森照信、宍戸實、鈴木博之、小倉善明著 (発行INAX BOOKLET/1992/4/20)


 友人の作品展示会を覗きに、聖路加国際病院に行ってきた。病気になったためではなかったが、院内に入ってみて驚いた。病院特有の消毒の匂いを全く感じない。しかも、ミニギャラリーを一般開放している。こんな病院は珍しい。興味が湧いたので中を少しぶらついてみた。不思議なことに病院という感じがしない、壁面にはびっしりと大作の絵画が展示してあり、まるで美術館の常設展示のよう。これまでに経験したことのない奇妙な病院という印象を受けたので、どんな病院なのか本を探して、見つかったのが本書。
 セレブな産院のベストスリーに数えられる有名な産婦人科があることで知られているらしいが、むしろ総合病院としてのあり方に言いしれぬ新しさを感じた。本書を読んで、この病院が目指している理想主義のようなものが朧気にわかり、医療の現場へ新たな興味が湧いてきた。この病院の最大の特徴は、入院用の病室が全部個室となっていること、これは凄い、提供する医療の質についての大胆な決断が背後にあったことがうかがえる。しかも全室から外が見えるデザインだという。まるで高級ホテルのようではないか。誕生以前からターミナルケアまでを、総合的にデザインするとこうなるのか。
 この病院の改築を考えたメンバーの中に、相当に頭の良い人が参加していたのだろう。周辺の町と一体となった再開発計画の徹底ぶりが凄い、超高層のツインタワーが併設されていることの意味が分かり、感心させられた。地域に開かれた病院造りの姿がくっきりと見て取れる。カソリックの背後を流れる心身への癒しの理念が良い形で生かされているという気もした。もう一度周辺の散策に行ってみたい気になった。
 ただでさえ苦痛と不安にさいなまれる入院患者の、闘病の日々が上質なケアと環境によって支えられたなら、きっと回復も早まるのではないか。費用さえ何とかなるのであれば、こういう病院があることは、医療への励ましになるような気がした。本書の目次を引用しておこう。

[座談会]
理想の病院を目指して―聖路加国際病院の新たな取り組み
岩下一彦×小室克夫×辻野純徳×松葉一清
[図版構成]
旧・聖路加国際病院の意匠―(解説)藤森照信×(写真)増田彰久
聖路加国際病院と聖ルカ礼拝堂―その意匠と象徴―宍戸實
聖路加国際病院の様式―礼拝堂調査を通じて―鈴木博之
日本における病院設計の歴史―戦前の医学校付属病院を中心に―青木正
聖路加国際病院の建設と新しい街づくり―小倉善明
わたしの明石町物語―冨田均
癒しと祈りの場―病院の原景―立川昭二
メディアとしての病院―治療空間の文化人類学―松岡悦子
病院建築の将来―長澤泰
[年表]
病院・医療の歴史と聖路加国際病院の歩み
[主要参考文献]