武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『まんだら屋の良太−九鬼谷温泉艶笑騒動譚第1巻〜第10巻』 畑中純 (発行実業之日本社マンサンコミックス1979/12〜1981/9)

 つい最近までこの大河のような長編マンガの存在自体を知らなかった。SFやミステリィ、時代小説などの文芸ジャンルには、身近に親しんだり遠ざかったりする時期がある。同じようにマンガ作品に対してもある時期、距離を置くようになってしまった。マンガが下らないとか大人の鑑賞に堪えないなどとは、一度も思ったことがないのに不思議である。80年代がそういう時期に当たっていたために、不覚にもこの青年コミックのことを最近になって初めて知った。1979年から漫画サンデーの連載が始まり、10年もの長きにわたって書き継がれた人気の大長編マンガであり、映画になったりNHKの連続ドラマになったりしていたのに、全く記憶に残っていない。81年(昭和56年)に第10回の漫画家協会の優秀賞を受賞していた。
 でも、見方を変えて言えば、今になってなお、このマンガを初めての感覚で読む楽しみが味わえると言うことは、それはそれで嬉しいこと。読まないままこの世にオサラバせずにすんだだけでも良しとしなければ。大げさな前置きになってしまったが、それほどにこの長編マンガは大した傑作なのである。畑中純というこの作者にとって、恐らくこれを越える作品は書けないのではないかと思えるほどの出来栄えなのである。80年代の物なので入手できるかどうか心配したが、今でもオンデマンド出版で全巻入手できるのがうれしい。私はネットで探して、何とか前半の20冊程度を初期のコミックスで入手できた。全巻を揃えるのはなかなか難しいかもしれないが、残りは今後の楽しみに取っておこう。
(1)内容は、サブタイトルに<九鬼谷温泉艶笑騒動譚>とあるように、九州のとある温泉街を舞台にした人情喜劇、シモネタを物語の動力にした地方色濃厚な人生劇場といえばいいか、世の中の仕組みが少し分かりかけてきた高校生、良太と月子のコンビを視点人物にして、温泉街で暮らす人々と、癒しを求めて温泉街を訪れる人々が織りなす、人間模様を描いた短編連作マンガである。
(2)単なる読み捨てのエロ漫画ではないかと切り捨てる人もいるかもしれないが、1巻目を読むだけで直ぐに分かることは、作者が描こうとしているのは、エロチシズムではない。性に対して適度な距離をとり、性欲に巻き込まれる濃厚な人間関係を辿り、人と人との絆を描こうとしている。ギャグと言えば浮き上がってしまいそうな土俗的で艶っぽいドタバタ喜劇を積み上げることが作者自身が楽しんでいるような趣がある。成功した作品は、もし山手樹一郎がマンガ家になっていたら、こんなマンガを画いていたかもしれないな、と思いたくなるような良い後味を残してくれる。
(3)丹念に描き込まれた大ゴマの情景描写には、暖かみのある奥行きと広がりがあり、小さいコマをつなげる人物描写に温かい人間観察が込められている。毎回描かれる性の場面も諄すぎず物語の一場面以上に過剰にはならないのがいい。そのため温泉街で繰り広げられる人々の悲喜劇が醸し出す情緒が読んだ後に尾を引き人情の余韻を残す。長編として組み立てられた筋の枠組みはなく、一話一話が完全な読み切りで完結してしまうが、不思議とまた続きが読みたくなる。
 第1巻から10巻までの、表紙と目次を紹介しておこう。(各巻の読みどころを少しずつ書き添えていきます。)

まんだら屋の良太①
第1話 温泉宿
第2話 帰ってきた女
第3話 4人の観光客
第4話 春の嵐
第5話 聖職は性色?
第6話 姦々祭り
第7話 白いキャンパス
第8話 兄ちゃん
第9話 無能松の一升
第10話 海辺の華

 この1巻目は、連載の始まりらしく舞台となる<九鬼谷温泉>の状況設定に多くのページを費やしており、短編集としての味わいはそれほど深くない。
 その中でも、2話と3話で描かれるエピソードでは、温泉街が外界からの理不尽な暴力に対して、結束して立ち上がるだけの自衛力と自治的なモラルをもった自立的な小世界であることが描かれ、一つの世界としてまとまっていることが暗示的、奥行きのある物語になる期待をさそう。
 5話と9話には、<逆さラッキョウ>と渾名される落ちぶれ教頭がでてくるが、この2話は共通の人物を登場させ哀しい笑いを描いて優しい幕切れで締めて、なかなかいい短編に仕上がっている。

まんだら屋の良太②
第1話 大学さん
第2話 てっぺん馬鹿
第3話 谷間の百合
第4話 終バスの女
第5話 クラゲの街
第6話 桃色遊戯
第7話 送夏抄
第8話 文学処女
第9話 夫婦湯呑

まんだら屋の良太③
第−話 ひと騒ぎ
第2話 半農半妓
第3話 こけし
第4話 ヒモ
第5話 ネズミの恋
第6話 番頭一作
第7話 奥の湯姉妹
第8話 男盛り
第9話 人魚姫
第10話 すべってころんで大分県

まんだら屋の良太④
第1話 コレクター
第2話 ナミさん
第3話 夢
第4話 三十歳
第5話 女子高校生
第6話 女将
第7話 流れ者
第8話 麗子
第9話 九鬼谷通信
第10話 クズ鉄

まんだら屋の良太⑤
第1話 湯けむり情話
第2話 染子の春
第3話 風光る
第4話 天使の誘惑
第5話 春は春?
第6話 胡蝶の舞い
第7話 花まつり
纂8話 美少年
第9話 芸者ワルツ
第10話 招かれざる客

まんだら屋の良太⑥
第1話 青い春
第2話 福助
第3話 初夏の風
第4話 家族
第5話 湯けむりの女王
第6話 ビバ漫才
第7話 饅頭姫
第8話 チンピラ
第9話 雨
第10話 濡れネズミ

まんだら屋の良太⑦
第1話 泳ぐ!
第2話 線香花火
第3話 私
第4話 いざ!旅人
第5話 八月の光
第6話 晩夏
第7話 東京語り
第8話 石段
第9話 鉄男の部屋

まんだら屋の良太⑧
第1話 夫婦きどり
第2話 お役者晴司
第3話 笑われる男
第4話 デコ助・デコッ八
第5話 主
第6話 痴性
第7話 九鬼谷マップ
第8話 チンチン電車
第9話 さよなら三角
第10話 人間合格

まんだら屋の良太⑨
第1話 乱暴者
第2話 母
第3話 日の出
第4話 寒椿
第5話 月と太陽
第6話 三十腰
第7話 処女
第8話 死闘/九鬼谷
第9話 九州の首領
第10話 ツンツン月子

まんだら屋の良太⑩
第1話 満月館主人
第2話 九鬼谷にて
第3話 回り舞台
第4話 血股日
第5話 石の群れ
第6話 春、かすみ
第7話 渡り鳥北へ
第8話 桜満開
第9話 散華