武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『ミステリ十二か月』 北村薫著 (発行中央公論新社2004/10/25)


 ミステリは大好きだが、ミステリのマニアでも愛好家でもないので、傑作の定評があるものでも未読のものは数多い。全体的な展望や、歴史的な経過にも疎い。だから、ガイドブックや読書案内の類のお世話になることに吝かではない。偶然に図書館で手にしたこの本は、「初心者向けのミステリ案内」を目指して書かれたらしいが、初心者向けなので内容が分かりやすく、紹介されている本約50冊のレベルは相当に高い。北村さんの本格ミステリにかける情熱は半端ではない。未読が半分以上あったこともさることながら、紹介の文章がさり気ない割にはこちらに読書欲を見事に刺激してくれる。想像以上の良書だったので、お勧めしたい。
①北村さんの経歴をみると作家になる前は教師だったこともあるだろうが、教えるのが上手いというか、こちらの興味関心を引き寄せるのがとても上手い。上手いだけでなくスマートにそれをやってのける。退屈な授業ほど罪なものはないと思う。本の紹介となると、どうしても紹介する側の蘊蓄を押しつけることになりがちだが、この本は限りなくその難点を回避しており、その点にまず感心した。
②一番良い本の紹介は、読んだときの感動をつぶさに語り、感動につつんで本の内容を伝えることだと思う。この本では北村さんは出来るだけ読んだ時点に立ち戻り、その時の気持ちを蘇らせようとなさっているように見える。子どもの時読んだ本は子どもの時に、高校生の時に読んだ本は高校生時代に、この姿勢は気に入った。本には、読む側の年齢的な適性というものが確かにあるので、これは紹介の仕方として正しいやり方だと思った。過ぎてしまった年齢に再びもどることは出来ないのが悲しい。中高生の頭でミステリが読めたらどんなに素晴らしいか。
③長編短編いずれにも偏りがない紹介が良いと思った。味わいが違うが、優れた短編には長編では絶対に描けない切れ味と鮮明な味わいがある。傑作ミステリ短編ともなるとその味わいは、まさに絶品というほかない感動が味わえる。その短編やミステリのアンソロジーを沢山紹介してあるのがうれしかった。もちろん長編にも抜かりはない。
④北村さんは本格ミステリといわれるジャンルがお好きなようで、ハードボイルドやサスペンス、社会派などに属する作品は見事に省かれている。これはある意味とても潔い態度だと思うが、個人的には興趣の幅を狭めているような気がしないでもないが、ミステリ本来の謎解きを主軸に据えた作品の世界を垣間見ることが出来たのは、逆に楽しかった。
⑤50回分の新聞連載時についていた大野隆司さんの版画が、そのままカラーで載っているのが嬉しい。円を基調にしたデザインが、多様に変化するので、版画だけを見ていっても十分に楽しい。版画と本文を見比べて読むと興趣が倍増する。
 本書の構成は、読売新聞連載の「北村薫のミステリーの小部屋」を1部にし、対談二本と書き下ろしエッセイで出来ている。目次は、以下のようになっている。

1 ミステリ十二か月
2 絵解き謎解き対談(お相手・大野隆司)
3 本棚から出てきた話
4 「全身本格」対談(お相手・有栖川有栖)

 ミステリ初心者として想定している読者は、小学生中高学年あたりかららしい、私も少しませていたのか、4年生の時にポーの黄金虫や黒猫を読み、仰天したことを思い出した。夏休みの小学生の読書案内に持ってこいと言う気がした。勿論、ちょいとませた小生意気な小学生向け。以下に本書の推薦50冊を引用しておこう。素晴らしいラインナップである。

《1月・児童ものミステリ》
『きょうはなんのひ?』瀬田貞二作/林明子絵(福音館書店
怪人二十面相江戸川乱歩著(ポプラ社
『魔女の隠れ里』はやみねかおる作(講談社青い鳥文庫
『813』『続813』モーリス・ルブラン作/大友徳明訳、偕成社、アルセーヌ=ルパン全集5・6
《2月・ミステリの原点》
シャーロック・ホームズの冒険コナン・ドイル著/阿部知二訳(創元推理文庫
『ポー名作集』エドガー・アラン・ポー著/丸谷才一訳(中公文庫)
江戸川乱歩集』江戸川乱歩著(創元推理文庫
『半七捕物帳』岡本綺堂作(光文社文庫
『幻の女』ウイリアムアイリッシュ著/稲葉明雄訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
《3月・入門者向けアンソロジー
『世界短編傑作集1〜5』江戸川乱歩編(創元推理文庫
『贈る物語MysteryJ綾辻行人編(光文社)
有栖川有栖本格ミステリ・ライブラリー』有栖川有栖編(角川文庫)
『ミニ・ミステリ傑作選』E・クイーン編(創元推理文庫
《4月・古典的名作》
『黄色い部屋の謎』G・ルルー著/宮崎嶺雄訳(創元推理文庫
『ブラウン神父の童心』G・K・チェスタトン著/中村保男訳(創元推理文庫
横溝正史集』横溝正史著(創元推理文庫
とむらい機関車』大阪圭吉著(創元推理文庫
《5月・目先をかえて》
『白菜のなぞ』板倉聖宣著(平凡社ライブラリ−)
『星を継ぐもの』JP・ホーガン著/池央取訳(創元SF文庫)
怪人二十面相・伝』北村想著(出版芸術社
『十二人の手紙』井上ひさし著(中公文庫)
《6、7月・本格ミステリ黄金時代》
アクロイド殺しアガサ・クリスティー著/田村隆一訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
『クロイドン発12時30分』フリーマン・W・クロフツ著/大久保康雄訳(創元推理文庫
『僧正殺人事件』ヴァン・ダイン著/井上勇訳(創元推理文庫
『エジプト+字架の謎』エラリー・クイーン著/井上勇訳(創元推理文庫
『Xの悲劇』エラリイ・クイーン著/宇野利泰訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
『三つの棺』ジョン・ディクスン・カー著/三田村裕訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
『毒入りチョコレート事件』アントニイ・バークリー著/高橋泰邦訳(創元推理文庫
『招かれざる客たちのビュッフエ』クリスチアナ・ブランド署/深町眞理子・他訳(創元推理文庫
《8月・短編集》
『亜愛一郎の狼狽』泡坂妻夫著(創元推理文庫
本格ミステリ02』本格ミステリ作家クラブ編(講談社ノベルス
『密室殺人傑作選』H・S・サンテッスン編/山本悛子・他訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
有栖川有栖の密室大図鑑』有栖川有栖・文/磯田和一・画(新潮文庫
《9、10月・日本の本格ミステリ戦後編》
『明治断頭台』山田風太郎著(ちくま文庫
『成吉思汗の秘密』高木彬光著(ハルキ文庫)
『下り“はつかり”』鮎川哲也著(創元推理文庫
土屋隆夫推理小説集成1 天狗の面/天国は遠すぎる』土屋隆夫著(創元推理文庫
『ちみどろ砂絵』都筑道夫著(光文社文庫
『招かれざる客』笹沢左保著(光文社文庫
『遠きに目ありて』天藤真著(創元推理文庫
『虚無への供物』中井英夫著(創元ライブラリ・中井英夫全集1)
《11月・趣向をこらした海外もの》
『七人のおば』パット・マガー著/大村美根子訳(創元推理文庫
『死の接吻』アイラ・レヴィン著/中田耕治訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
赤毛の男の妻』ビル・S・バリンジャー著/大久保康雄訳(創元推理文庫
『シンデレラの罠』セバスチアン・ジャプリゾ著/望月芳郎訳(創元推理文庫
『ホッグ連続殺人』ウィリアム・L・デアンドリア著/真崎義博訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
《12月・ミステリ案内の最後に》
小栗虫太郎集』小栗虫太郎著(創元推理文庫
『キドリントンから消えた娘』コリン・デクスター著/大庭忠男訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
占星術殺人事件島田荘司著(講談社文庫)
『我らが隣人の犯罪』宮部みゆき著(文春文庫)