武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 坂崎重盛さんの[東京本]読書案内に嵌る


Bookuoffの105円コーナーで偶然に手にした「東京読書」という厚みのある本がきっかけだった。東京大好きの愛書家が、生涯の半分以上をかけて、自分の足を使って蒐集した<東京本>の中から、選りすぐりの1冊を月二回のペースでミニコミ紙に連載した記事をまとめたもの。本になったものまとめて読むとこれが凄く面白い。
小さな紙面の何年も年数をかけた連載から、蘊蓄と情熱が時間の経過と共に銘酒のように発酵して出来上がった力作・傑作としか言いようのない本が生まれ出ることがある。現在も連載が継続中らしいが、既刊の2冊をユニークな読書案内として読むととても楽しく有益だったので紹介したい。
まず1冊目の『東京遊覧記』(晶文社2002/3/25)。東京を主題にしているか東京を主な背景にしているかのいずれかの名著を発掘し蒐集した膨大な蔵書群の中から厳選したのであろう、選ばれている本のラインナップに目を瞠った。ジャンルを超えて東京というテーマで選択されているので、次は何かなという先を予想できない意外性があり、著者の好奇心の間口の広さに感心してしまった。
著者の言う「東京への思慕」という独特の偏愛の基本姿勢から、こんなにも豊かな蔵書空間が構築できるものかと吃驚した。しかも先を急がないゆったりとした散歩するような文体で、気に入った文章を引用しながら情報と感想をバランスよく混ぜ合わせながら繰り広げる文章には、深い寛ぎ感が満ちている。好きなことに打ち込んでいる人を見るのは気持ちいいが、好きなことを抑制した文章で自在に表現されるともっと気持ちいい文章になった。
この著者の性格なのか、<東京本>を何らかの指標や尺度を用いて分類整理しようとはしていないので、気儘な散歩のように興味の赴くままに紹介の手を広げている様が何とも面白い。優れた雑学家の風格がある。カバーの見返しに「書評でもガイドブックでもない」と断っているいるが、私の印象ではむしろ立派な書評であり同時にガイドブックにもなっている本だと思う。

2冊目の『東京読書―少々造園的心情による』(晶文社2008/1/31)。同じ連載の続きなので、手持ちの弾を撃ち減らしてきたのか、少しずつラインナップの濃度が薄まってきたような気がしないでもないが、内容のレベルは水準を充分に維持している。それにしても著者の守備範囲の広さはどうだろう。恐らく東京を想う熱意のままに、限りなく広範な書物探索を続けた成果なのだろう。「おや、こんな本も東京本に入るなかな」と思って読んでみると、確かに作者の東京への沸々とした熱い思いに行き当たり、ナルホドと納得する。
考えてみれば、本を書いて文章を残すような文化人や知識人は地方の出身でもある時期は東京で生活や仕事をする機会が多かったはず。しかも生活の舞台として東京を見ると、世界屈指の人口と文化が密集する特異とも言える大都会なので、東京という都市空間に何らかの感情もしくは好奇心を抱くのは不思議ではない。東京についてのテキストが膨大に膨れあがり、その中から名作傑作が生まれてくる確率が高くなるのもある意味当然と言えよう。こうした結果として東京と地方との文化的格差が生まれるのかもしれない。この本を通して、東京がこんなにも面白い大都市だと言うことをしみじみと知らされた。若い頃よく行っていた神田の古書店街にまた行ってみたくなった。
それでは目次の紹介を兼ねて、ラインナップを引用しておこう。整理するとは何かを切り捨てること、整理を背景に押しやり混沌がもつ豊かさを前景にするとどうなるか、この著者の東京フリークぶりをご覧あれ。このラインナップの充実振りは、本書を読まないと分からないかもしれません。興味のある方は、まず1冊目を手にとってご覧頂きたい。

『東京本遊覧記』
東京日日新聞社編『大東京繁昌記』(下町編)(平凡社ライブラリ−)
木村荘八『新編 東京繁昌記』(岩波文車) 
山田肇編『鏑木清方随筆集』(岩波文庫
松山巌『乱歩と東京』(ちくま学芸文庫) 
川本三郎編『日本の名随筆 散歩』(作品社)
野ロ冨士男編『荷風随筆集』(岩波文庫
野田宇太郎『東京ハイカラ散歩』(角川春樹事務所)
酒井不二雄『東京路上細見』(平凡社
市古夏生・鈴木健一編『江戸切絵図集』(ちくま学芸文庫
安藤鶴夫『昔・東京の町の売り声』(旺文社文庫
平山蘆江『東京おぼえ帳』(住吉書店) 
野口冨士男『私のなかの東京』(中公文庫)
佐多稲子『私の東京地図』(講談社文芸文庫) 
谷崎潤一郎『幼少時代』(岩波文庫
横関英一 『江戸の坂 東京の坂』正・続(中公文庫)
小林信彦『私説東京放浪記』(ちくま文庫
矢田挿雲『新版 江戸から東京へ』(中公文庫)
池波正太郎池波正太郎の銀座日記(全)』(新潮文庫
サッポロライオンビヤホールに乾杯』(双思書房)
井上安治画・木下龍也編『色刷り 明治東京名所絵』(角川書店
夏目漱石硝子戸の中』(岩波書店) 
水上勉『私版 東京図絵』(朝日文庫
東京都『歴史と文化の散歩道』東京都 
現代漫画大観8『職業づくし』(中央美術社)
森林太郎(鴎外)『東京方眼図』(春陽堂) 
森鴎外『雁』(集英社文庫
川添登『東京の原風景』(ちくま学芸文庫) 
吉村昭『東京の下町』(文春文岸)
青木宏一郎『江戸のガーデニング』(平凡社コロナ・ブックス)
興津要他監修『今昔 四季隅田川』(講談社カルチャーブックス)
鹿児島徳治『隅田川の今昔』(有峰書店新社)
『新撰 東京名所図会』『隅田堤』上・中・下(東陽堂)
川本三郎『大正幻影』(新潮社) 
野田宇太郎『東京文学散歩−隅田川』(小山書店)
淡島寒月『梵雲庵雑話』(岩波文庫) 
江藤淳荷風散策』(新潮文庫
野口冨士男『わが荷風』(中公文庫) 
木村聡『赤線跡を歩く』(自由国民社
滝田ゆう『寺島町奇譚(全)』(ちくま文率) 
鈴木博之『東京の【地霊」』(文春文庫)
国木田独歩『武蔵野』(岩波文庫) 
田山花袋『東京の三十年』(岩波文庫
幸田露伴『一国の首都』(岩波文庫
内田魯庵著・紅野敏郎編『新編 思い出す人々』(岩波文庫
石田波郷『江東歳時記』(東京美術) 
戸板康二『万太郎俳句評釈』(富士見書房
六浦光雄六浦光雄作品集』(朝日新聞社
森まゆみ『谷中スケッチブック』(ちくま文岸)
東京都公文書館編『近代東京の渡船と一銭蒸汽』
西井一夫・平嶋彰彦『新編「昭和二十年」東京地図』(ちくま文庫
神奈川県立近代美術館モボ・モガー910〜1935』
前田愛『都市空間のなかの文学』(ちくま学芸文庫
陣内秀信『東京の空間人類学』(ちくま学芸文庫) 
長谷川尭『都市廻廊』(中公文庫)
E・サイデンステッカー『東京 下町山の手』(ちくま学芸文庫
N・ヌェット『東京のシルエット』(法政犬学出版局)
東孝『東京再発見』(岩波新書) 
針ケ谷鐘吉篇『植物短歌辞典』(加島書店)
吉井勇『東京紅燈集』(新生社) 
正岡容『東京恋慕帖』(好江書房)
北原白秋『東京景物詩及其他』(東雲堂書店)
町田市立国際版両美術館・滝沢恭司編『織田一磨展・図録』
芳賀徹編『絵のなかの東京』(岩波書店
佐藤光房『合本 東京落語地図』(朝日文庫
幸田文著・金井景子編『ふるさと隅田川』(ちくま文庫
平出鰹二郎『東京風俗志』(ちくま学芸文庫) 
芝木好子『春の散歩』(講談社文庫)
堀晃明『ここが広重・画「東京百景」』(小学館文庫)
前島康彦『向島百花園』(東京都公園協会) 
木下順二『本郷』(講談社文芸文庫
司馬遼太郎街道をゆく37 本郷界隈』(朝目文庫)
市古夏生・鈴木健一校訂『新訂 江戸名所花暦』(ちくま学芸文庫
越渾明『東京都市計画物語』(ちくま学芸文庫
永井龍男『石版 東京図絵』(中公文庫)
川上澄生『新版 明治少年懐古』(栃木新聞社


『東京読書』
田沼武能編『木村伊兵衛 昭和を写す』―写真の記録性と魅力を再確認
柴田宵曲『随筆集団扇の画』―明治の文人を愛した随筆集
桑原甲子雄『東京1934〜1993』―写真入手のための写真美術館へ
野坂昭如『束京十二契』―入手しにくくなった野坂作品を読む
槌田満文編『明治束京歳時記』(その一)―『東京年中行事』類の本を集め親しむ
槌田満文編『明治束京歳時記』(その二)―明治の面影をJ恐情資料‘によって再現
坪内祐三靖国』―空間概念の死角に光を当てる一冊
丸谷才一選『花柳小説名作選』―虚構空間・花柳界の人間模様を写す
成島柳北柳橋新誌』―幕末から明治にかけての遊里案内記
半藤一利永井荷風の昭和』―向島生まれの著者が荷風日記に随行
石川淳安吾のいる風景/敗荷落日』(その一)―隅田堤で遊び育った作家の一文に疑問
石川淳安吾のいる風景/敗荷落日』(その二)―荷風を切り捨てるスタイリスト石川淳
小川和佑『束京学』―(住むなら向島)という東京論
長谷川時雨『旧聞日本橋』―元気な女の子ならではの江戸の名残り
植草甚一 『ぼくの東京案内』―散歩の達人が語る人形町への哀惜
奥野信太郎『随筆 束京』―文人学者の「東京本」の魅力
小島政二郎『場末風流』(その一)―池之端生まれの作家の束京への思い
小島政二郎『場末風流』(その二)―芥川も小島も水都を愛した
内田百聞『春雪記』―火事を通して東京を描いた百聞の奇妙な味
内田百間『東京日記』―見慣れた街が幻想の空間に変化する恐怖を描く
半村良『小説浅草案内』―町好きの小説家の情感、胸に迫る
小沢昭一 『ぼくの浅草案内』―ヨソモノの道楽を尽くした浅草細見
小沢信男『いま・むかし 束京逍遙』―水洗トイレで育った束京人には書けない文体 
田中小実昌『エッセイ・コレクション?ひと』―泡と消えゆく街の気配を書き残す
奥原哲志『琥珀色の記憶』―「青蛾」や「風月堂」が文化の中枢だったころ
林哲夫『喫茶店の時代』―喫茶店の変遷とそこに登場する面々
黒川鍾信『神楽坂ホン書き旅館』―(ホン書き)の現場をリアルに伝える
稲垣足穂『束京遁走曲』―赤貧洗うがごとき生活を語る責族性
夏目漱石『それから』―神楽坂の住人「代助」の足どりを読む
『大東京繁昌記(山手篇)』(その一)―夜の神楽坂は「身動きも出米ない」賑わい
『大東京繁昌記(山手篇)』(その二)―(新)丸ビルの周辺に夜店や露店の復活を! 
桧崎天民『銀座』―(街通)による昭和初年の実話的銀座ガイド
安藤更生『銀座細見』―松崎天民描く『銀座』と読み比べたい一冊
今和次郎考現学入門』―現代文明への批評精神から生まれた考現学
永井荷風『墨東綺譚』―寺島、『墨東綺譚』の下地は銀座にあった
吉田健一『束京の昔』―遊民の存在を許した、かつての束京
池田弥三郎『私の食物誌』―銀座育ちによる食随筆に舌鼓
山田孝雄『楼史』―桜文芸史事典であり桜詞華集の古典
秋山忠傀『江戸凧詠散歩』―漢詩で詠う江戸名所案内
棚橋正博『江戸の道楽』―道楽推進者たちの姿から江戸文化を語る
三善里沙子『束京魔界案内』―怨霊によって都市が左右される。豊かさ
野田宇太郎解題『屋上庭園』―北原白秋らの「パンの会」と明治末の都市空間
小村雪岱日本橋檜物町』―「絵のある文庫」屈指の一冊に接する
泉鏡花日本橋』―外国語を覚えるように(明治言葉)に接する
野村胡堂『胡堂百話』―新聞人にして「銭形平次」の作家の白伝的随筆 
山路閑古『古川柳』―『誹風柳多留』に挫折し手にした本
山路閑古『古川柳名句選』―古川柳の世界に挫折してたどりついた人門書 
西原柳雨『川柳から見た上野と浅草』―古川柳「橋一つ隔てれば鴎都鳥」
原武史皇居前広場』―特殊な公園空間の変遷をたどる
井上章一 『愛の空間』―「愛の空間」の変遷史をたどる風俗文芸史
R・バルト『表徴の帝国』―天皇、皇后の「お忍び散歩」を知り再読
武田泰淳『目まいのする散歩』―晩年の眼が優れた「散歩文芸」を生む
佐野箭一 『東電OL殺人事件』―「あらかじめ定められた散歩」と街の物語
夢野久作仝集2『街頭から見た新束京の裏面他』―関束大震災前後の新風俗を記録
桧原岩五郎『最暗黒の東京』―かつての東京人のほとんどが貧民
ヨーゼフ・クライナー『江戸・束京の中のドイツ』―ウィーン生まれの学者による束京案内
『東京人』編集室編『江戸・東京を造った人々1』―都市計画史23の人物像を語る
初田亨『職人たちの西洋建築』―西洋建築を支えた職人たちの誇り
初田亨『百貨店の誕生』―デパート文化の歴史と特質をたどる
嶺隆『帝国劇場開募』―帝劇の誕生から炎上までの文化史を一望
石黒敬章編『なつかしき東京』―絵葉書や石版画は都市の証拠物件
久保田正文編『啄木歌集』―「一握の砂」は「上京人」の惜春の絶唱
土屋文明編『子規歌集』―眼前の庭に自然界を見、歌った子規
正岡子規『仰臥漫録』―病室の前庭が作品の源泉
関森勝夫『文人たちの句境』―子規と句友であった漱石らの句を読む
内田百聞『私の「漱石」と「龍之介」』―三者三様、文人たちの(苦境)を読む
夏目漱石三四郎』―『三四郎』を造園的な視点で読んでいく
夏目漱石草枕』―漱石の草木に対する美意識を『草枕』で読む
林芙美子『新版・放浪記』―どん底の人生ながら陽気に街を行く
武藤康史編『林芙美子随筆集』―浅草を愛するように草木を愛した
二葉亭四迷『あひゞき・片恋・奇遇 他一篇』―独歩『武蔵野』誕生の序曲
二葉亭四迷浮雲』―『浮雲』に束京のモダンを見る
『新撰東京名所図会 上野公園之部(上)』―明治初期の労作第一号は上野公園
『新撰東京名所図会 下谷区之部 其一』―明治名所図会も末期には写真版が登場
三遊亭円朝作『怪談 牡丹燈龍』―円朝本を地名に留意しつつ読む
松本哉幸田露伴と明治の束京』―この著者ならではの露伴案内
「文藝倶楽部」定期増刊号『束京』―百年前の雑誌に戟った露伴の水都論
浅田泰夫『文明開化を塗つた男』―J・コンドルとペンキ職人の近代建築吏
久保田金僊編『下谷上野』―上野・松坂屋の見事な記念出版物 
笹川臨風『明治還魂紙』―良き明治の世の中と人との交流を語る 
木下直之/岸田省吾/大場秀章『束京大学本郷キャンパス案内』―「懐徳館」の庭園を訪れる
北村信正『清澄庭園』―大名庭園をよみがえらせた岩崎弥太郎
『岩崎倆太郎傅』―「憂悶を感じる時は立派な庭園を見に行く」
佐野直二『渋沢家三代』―日本のベニス兜町を造った渋沢一族の肖像を描く
人文社編集部編『束京の寺社と大名庭園』―百六、七十年前の束京の姿を伝える天保地図 
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水谷三公『将軍の庭』―浜離宮の遊興の空間から軍事の庭への推移を語る
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タイモン・スクリーチ『定信お見通し』―イギリス文化を通して江戸の空間を見る
小沢信男冨田均『束京の池』―都内七十ヵ所の池を歩く恐るべき「束京本」
冨田均『乱歩「束京地図」』(その一)―過剰な子不ルギーが投入された東京町歩き記
冨田均『乱歩「束京地図」』(その二)―都市潜伏者を尾行する一人探偵団の東京案内
深谷考『滝田ゆう奇譚』―『寺島町奇譚』とがっぶり四つに組んだ力作
辻征夫『ゴージュの肖像』―向島育ちの詩人の詩と随筆を読む
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飯島耕一 『上野をさまよって奥羽を透視する』―ボードレールのパリ、飯島耕一の……
木下杢太郎『食後の唄』―白秋と並び称されてもいい芸文の人を読む
昭和歌謡大全集』―高踏的現代詩、低俗な(?)歌謡詞、どちらが東京を歌ったか
大村彦次郎『万太郎松太郎正太郎』―東京の文士の姿に風景を感じる
柴田宵曲『煉瓦塔』―明泊の束京と文芸を愛した責重な逸話集
田山花袋『東京震災記』―大震災の記録を読み再開発の東京の危うさを恐れる