武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 今さらながら、リブロポートの評伝シリーズ「民間日本学者」の中断を惜しむ


セゾングループの出版社リブロポートは、美術関係の出版で素晴らしかった。評伝シリーズ「民間日本学者」も評伝好きにはたまらない好企画を揃えた傑作シリーズだった。残念なことに、セゾングループの不振と共に、98年に出版社は解散、シリーズも中断してしまった。こういう企画を立案し、推進していたスタッフはどうなってしまったのだろう。編集には、鶴見俊輔介、中山茂、松本健一の3人が名前を連らねていた。
私が持っている1冊の最後の広告を見ると、71タイトルが並んでいる。調べた範囲では42タイトルが出版されているので、少なくとも30タイトル以上が消えてしまったことになる。惜しいことをした。このシリーズを見ていると、評伝の書き手と対象者との結びつきが、如何にスリリングなことか分かり、期待がふくらみワクワクしてくる。こういう企画は、立案する方も編集冥利につきる気がするがどうだろう。
以下に既刊と未刊の全タイトルを引用してみよう。対象者とサブタイトル、著作者、この三つを並べてみるだけで、本好きなら財布の紐を緩めるか、近くの図書館の貸し出し検索をチェックしてみたくならないだろうか。「手術台の上のミシンとこうもり傘」の出会いではないが、引用した出会いもなかなか見事である。まず、既刊の42点を見てみよう。

01.『小泉八雲―その日本学』 高木大幹著 (1986/11)
02.『石井研堂―庶民派エンサイクロペディストの小伝』山下恒夫著 (1986/11)
03.『出口王仁三郎―屹立するカリスマ』松本健一著 (1986/12)
04.『牧野富太郎―私は草木の精である』 渋谷章著 (1987/1)
05.『添田唖蝉坊・知道―演歌二代風狂伝』木村聖哉著 (1987/3)
06.『柳宗悦―美の菩薩』阿満利麿著 (1987/3)
07.『長谷川伸メリケン波止場の沓掛時次郎』平岡正明著 (1987/4)
08.『今和次郎―その考現学川添登著 (1987/7)
09.『辻まこと・父親辻潤―生のスポーツマンシップ』折原脩三著 (1987/7)
10.『田村栄太郎―反骨の民間史学者』玉川信明著 (1987/8)
11.『石川三四郎―魂の導師』大原緑峯著 (1987/10)
12.『花田清輝―二十世紀の孤独者』関根弘著 (1987/10)
13.『E.S.モース―「古き日本」を伝えた親日科学者』太田雄三著 (1988/2)
14.『伊波月城―琉球の文芸復興を夢みた熱情家』仲程昌徳著 (1988/6)
15.『保科五無斎―石の狩人』井手孫六著 (1988/7)
16.『内村鑑三―偉大なる罪人の生涯』富岡幸一郎著 (1988/7)
17.『小笠原秀実・登―尾張本草学の系譜』八木康敞著 (1988/10)
18.『きだみのる―放浪のエピキュリアン』新藤謙著 (1988/12)
19.『一戸直蔵―野におりた志の人』中山茂著 (1989/2)
20.『夢野久作―迷宮の住人』 鶴見俊輔著 (1989/6)
21.『野尻抱影―聞書“星の文人”伝』石田五郎著 (1989/9)
22.『井上剣花坊・鶴彬―川柳革新の旗手たち』坂本幸四郎著 (1990/1)
23.『B.H.チェンバレン―日欧間の往復運動に...』太田雄三著 (1990/3)
24.『永井荷風―その反抗と復讐』紀田順一郎著 (1990/3)
25.『H・ノーマン―あるデモクラットのたどった運命』中野利子著 (1990/5)
26.『島木健作―義に飢ゑ渇く者』新保祐司著 (1990/7)
27.『高群逸枝―霊能の女性史』河野信子著 (1990/9)
28.『辰巳浜子―家庭料理を究める』江原恵著 (1990/10)
29.『猪谷六合雄―人間の原型・合理主義自然人』高田宏著 (1990/11)
30.『今村太平―孤高独創の映像評論家』杉山平一著 (1990/11)
31.『暉峻義等―労働科学を創った男』三浦豊彦著 (1991/3)
32.『正岡子規―創造の共同性』坪内稔典著 (1991/8)
33.『黒岩涙香―探偵実話』 いいだもも著 (1992/3)
34.『私語り樋口一葉』 西川祐子著 (1992/6)
35.『山崎延吉―農本思想を問い直す』安達生恒著 (1992/12)
36.『鈴木悦―日本とカナダを結んだジャーナリスト』田村紀雄著 (1992/12)
37.『三世井上八千代―京舞井上流家元・祇園の女風土記遠藤保子著 (1993/9)
38.『森銑三―書を読む“野武士”』柳田守著 (1994/10)
39.『吉屋信子―隠れフェミニスト駒尺喜美著 (1994/12)
40.『竹内好―ある方法の伝記』鶴見俊輔著 (1995/1)
42.『比屋根安定―草分け時代の宗教史家』寺崎暹著 (1995/4)
42.『中井正一―新しい「美学」の試み』木下長宏著 (1995/9)

10冊以上のタイトルにグラッとくるがどうだろう。
私が持っている一冊の後ろに出ている目録の中から、企画されていたが本にならなかった組み合わせを抽出してみると以下のようになる。この中にも是非読みたかったのが何冊もある。

狩野享吉―――鈴木 正
梅原北明―――阿奈井文彦
小野圭二郎――吉岡 忍
松岡静雄―――鶴見良行
岸田吟香―――中薗英助
内山完造―――上野昂志
モライス、V―伊高浩昭
長谷川如是閑―山領健二
呂運享――――安宇植
徳富蘇峰―――木村聖哉
大佛次郎―――西川長夫
福沢諭吉―――西川俊作
金子ふみ子――道浦母都子
渡辺宗三郎――石川 好
下村湖人―――佐高 信
中野重治―――杉野要吉
石川 淳―――田中優子
宮本常一―――左方郁子
佐野碩――――岡村春彦
新井奥遠―――日向 康
岡田虎二郎――津村 喬
北村喜八―――福田善之
戴季陶――――松本英
西村伊作―――上笙一郎
別所梅之助――笠原芳光
徳田秋声―――小沢信男
坪内逍逡―――津野海太郎
富士川游―――樺山紘一
山本宣治―――米本昌平
坂口安吾―――川村 湊

既刊の中には、別の出版社に版権が移動して、再版がかなったものも何冊かある。静かに消えてなくなるというのはとても惜しい。