武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 作家の倉橋由美子死去

toumeioj32005-06-16

 倉橋由美子が6月10日、拡張型心筋症で亡くなったとの報。69歳だそう、まだ若い。倉橋由美子の文体と屈折した批評意識が老齢期をどのように描くか、期待する価値があったのに残念。
 最近はほとんど読んでいなかった人なので、本棚に残っているものを調べてみたら倉橋由美子全作品全8巻」だけが揃いで残っていた。この著作集の後も「スミヤキストQの冒険」や「アマノン国往還記」、「大人のための残酷童話」ほか何冊かはハードカバーで読んできたが、定期的な蔵書整理の折に手放してしまったようだ。
 気に入っている作家の本は私は文庫では読まない。ハードカバーの単行本で出た時に、鮮度のいいうちにを読むようにしている。気づいていない人が多いと思うが本にも野菜やお肉、魚などの生鮮食料品と同じように賞味期限があるのです(笑)。読書を取り巻くいろいろな条件を考えると、単行本の時期が一番美味しい気がする。作者の収入に直結する買い方がハードカバー買いだと信じて買うことにしている。倉橋由美子もずっとハードカバーで買って読む作家だったが、90年以降何故かハードカバーも手にしなくなっていた。
しかし、訃報に接してみて、惜しい人を失ったという感が強く湧き上がってきた。「倉橋由美子全作品全8巻」を手に取り、気持ちを整理してみよう。すっかり忘れていたことだが、この倉橋由美子の唯一の著作集には他に類を見ない珍しい特徴がある。全作品の解説を作者自身が「作品ノート」と題して行っており、全8巻のすべての文章がただ一人、作者の文章だけで出来ている。しかもその解説が、作者自身の作品解説であるにもかかわらず、ほとんど作品を理解するのに役に立ちそうにない韜晦と屈折に満ちた文章になっており、作品とは一味違うがそれはそれで面白い読み物になっていることに気がついた。
 もう一つ面白かったのは、8巻目の最後に付けられた作者自身による誕生から40歳までの詳細なコメント付きの自筆年譜。作者の小説やエッセイの技巧に満ちた文体と違い、実に素朴に素直に自分の越し方を回顧している。倉橋由美子は、年齢とともに余計なものを振り払い、自分を独自に飼いならしていったようだ。10年以上の無沙汰が悔やまれた。時間が出来たらもう一度、まとめて読み返してみよう。作品の中身に触れるのはその折にしよう。

最後に倉橋由美子が気に入っていた富永太郎の詩を添えよう。

恥の歌   富永太郎

 

 Honte!(オント)! Honte!(オント)!

 眼玉の 蜻蛉(とんぼ)、

 わが身を 攫(さら)へ。

 わが身を 啖(くら)へ。

 

 Honte!(オント)! Honte!(オント)!

 燃え立つ 焜炉(こんろ)、

 わが身を 焦がせ。

 わが身を 熔かせ。

 

 Honte!(オント)! Honte!(オント)!

 干割(ひわ)れた 咽喉(のんど)、

 わが身を 涸らせ。

 わが身を 曝らせ。

 

 Honte!(オント)! Honte!(オント)!

 おまへは 泥だ!

追記 倉橋由美子全作品の目次紹介が見あたらなかったので、参考に引用しよう。横につけている画像は、箱のイラストです。


倉橋由美子全作品1
雑人撲滅週間
パルタイ
貝のなか
非人

婚約
密告
囚人
死んだ眼
作品ノート1

倉橋由美子全作品2
夏の終り
どこにもない場所
鷲になった少年
人問のない神
ミイラ
巨刹
作品ノート2

倉橋由美子全作品3

合成美女
暗い旅
輪 廻
真夜中の太陽
100メートル
作品ノート3

倉橋由美子全作品4
蠍たち
愛の陰画
迷宮
恋人同士
パッション
死刑執行人
犬と少年
夢のなかの街
宇宙人
妖女のように
作品ノート4

倉橋由美子全作品5
結婚
亜依子たち
聖少女
作品ノート5

倉橋由美子全作品6
隊商宿
醜魔たち
解体
共棲
悪い夏
ヴァージニア
長い夢路
作品ノート6

倉橋由美子全作品7
反悲劇
ある遊戯
霊魂
作品ノート7

倉橋由美子仝全作品8
マゾヒストM氏の肖像
夢の浮橋
腐敗
作品ノート8
倉橋由美子自作年譜