武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

  小山ゆうのマンガが大好き。「おれは直角」のデビュー作以来、毎回、間違いなく楽しい読書の時間を提供してもらったことに感謝が尽きない。沢山ある小山マンガの中でも、特に気に入っているのがこの「スプリンター」という長編作品、読み出したらいつも14巻の最終回まで連れて行かれてしまう。傑作だとつくづく思う。

toumeioj32005-10-07

 ストーリーはいたって単純、結城光と水沢純子という2人の主人公の愛と成長の物語、物語のゴールは最速のスプリンターを目指すと言う話だが、複雑に錯綜する複線のストーリが豊かで楽しい。分類してしまえば、戦後マンガのスポーツ根性物に入れられてしまうが、このジャンルの中でもベストテンに入る傑作。
 ベネツィアでもオランダでも繁栄した都市や国家は、独自の芸術表現を歴史に残しているが、この国の60年から90年ごろまでの繁栄が生み出した表現としては、マンガとアニメーションが歴史的に高く評価できる芸術表現になっているという気がする。芸術が人の心を慰める表現なら、この国のマンガとアニメは、歴史的に評価に値する表現力を獲得していると思う。
 さて、スプリンターだが、このストーリーだけは小山マンガにしては珍しく悲劇の匂いに満ちている。何時もはご都合主義的なまでに楽天的な展開で、常に読者を小刻みに満足させてくれるのに、このストーリーはなぜか悲劇の雰囲気から完全には抜け出せないまま14巻を迎えてしまう。結城光と水沢純子のラヴストーリーは途中で完成し、次々と傍線のサブストーリーは上がりを迎え、次第に物語りは100mスプリンターとしての物語に純化してゆく。スプリンターとしてのストーリーでも、次々とライバルに勝利して、脇役はストーリーから退いてしまい、お話は人類史最速と言う至高の一点に絞り込まれてゆく。終わり方については、伏せておくが、悲劇のトーンはどんどん加速してついに最後を迎えることになる。印象的なラストがやってくる。
 読み終わると、ふーと肩に入っていた力を抜いて、横になりたくなる。結城光のストーリーは、充実した読書体験の中に吸い込まれて幕を閉じる。私の場合、「明日から、また頑張ろう」という感慨を残してくれる。結城光の人物設定がとてもいい。楽しい豊かな時間を過ごしたい人、読んでみて。