武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

『ビッグバン宇宙論』(上)サイモン・シン著(青木薫訳)発行新潮社

 宇宙論の究極の課題ともでもいうべき宇宙誕生テーマについての科学史、著者の抜群の説明上手と整理されつくした歴史資料が明快な叙述でテンポよく展開されており、歴史ミステリーを楽しむような感じで、読んでいて知的な興奮が抑えられない。素敵な科学読み物。

 以前、同じ著者の『フェルマーの最終定理』を読み、その語り口の巧みさ、展開の物語的な起伏の作り方、論旨の明晰さなどに感心したが、この宇宙論史は、さらによどみなく流れる叙述に磨きがかかり、一段と素晴らしい出来ばえ。啓蒙書の傑作と言っていいと思った。
 翻訳者の青木薫さんの日本語がまた素晴らしい。透明感のあるこなれた日本語に移しかえられており、明快なことこの上ない。ご自身の理学博士としての研究者の経験が、この分かりやすさの背景となって生きているのだろう。科学読み物の翻訳に適任の素晴らしい翻訳家を持っていることを喜びたい。
 さて、本書上巻は、紀元前の神話の時代から始まり、宗教特にキリスト教の世界観と天文学との相克をへて、科学の近代化を丁寧にたどり、アインシュタインを起点とする現代宇宙論の展開と観測機器の発達がもたらした現代天文学の展開を辿るという内容。すべてが科学者のエピソードを軸に話が進むので、無味乾燥な記述は全くない。理解を助ける図表も工夫されていて適切、学校の先生方にも参考になるに違いない。図表は、一目見ただけでナルホドと分かるのが理想だと思うが、この本の図表は実に良くできている。
 サイモン・シンの文章を読むと、中学や高校の物理の時間であんなにも眠く興味がわかなかった事柄が、カーテンを開くようなあっけなさで、分かったような気になるから不思議、しかも、ミステリーの謎解きのようにわくわくしながら分かるというおまけが付く。これこそ、科学読み物を読む醍醐味。読み終わるのが、惜しいような気持ちにさせられる。
 子どもの頃に理科が苦手だった方々に、是非一読をお薦めしたい。最後に、上巻の目次を引用しておこう。

第1章 はじめに神は
    天地創造の巨人からギリシャの哲学者まで
    円に円を重ねる
    革命もしくは回転
    天の城
    望遠鏡による献進
    究極の問い
    (第Ⅰ章のまとめ)
第2章 宇宙の理論
    アインシュタインの思考実験
    重力の闘い ニュートンvsアインシュタイン
    究極のパートナーシップ理論と実験
    アインシュタインの宇宙
    (第2章のまとめ)
第3章 大論争
    宇宙を見つめる
    消えますよ、ホラ消えた
    天文学の巨人
    運動する宇宙
    ハッブルの法則
    (第3章のまとめ)