武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『たそがれ(いくつになっても男と女)』07年日本映画監督:いまおかしんじ/脚本:谷口晃

 成人映画の配給ルートを対象にして制作された映画が、評判をよび一般公開されるようになったという曰く付きの15歳以下鑑賞制限付きの、やはり分類するとしたら成人向け映画だが、評判通りのなかなかの名作。最近、老人問題をテーマにした映画が多いが、この作品は老人の性をテーマにしているところが珍しい。しかも、コメディータッチの描写の中に、脚本の台詞を丁寧に生かしてしみじみとした哀愁を引き出す作り。こういう作品こそ、外国の映画祭などに出してみたいという気がするほど見終わった時の余韻が爽やか。

 65歳になる大阪堺市に暮らす左官職人の鮒吉(多賀勝一)が主人公、妻は癌で死期が近いにもかかわらず、スナックの経営者(速水今日子)と浮気をしたり、スーパーで若い買い物客のスカートめくりをしたり、何とも元気な初老の生活、そんな男が中学校の同窓会で初恋の相手である和子(並木橋靖子)という同級生と再会するところから、主筋のストーリーが展開しはじめる。よくある話と言ってしまえばそれまでだが、この映画の細部の処理のうまさがそのよくある話を、出色の佳作にまでもっていった。無駄のない構成力が光る。
 65歳の男の成人映画なので、相当ないやらしさを予想されるかもしれないが、性的な場面の描き方はオーソドックスで極めて明るい。クスッと笑いながら大らかに見られる方も多いような気がする。裸のシーン自体に嫌悪感を覚えるような人はもう少ないと思うが、65歳の男女の濡れ場をこの映画のように大胆に、しかも悲しくも美しくしみじみと描いた映画は、珍しい。演じた女優さん(並木橋靖子)には、決意が必要だったかもしれないが、私は美しいものを見せてもらったという気がした。ご高齢にもかかわらず、裸の濡れ場を演じられたことに心から敬意を表したい。

 主人公をふくめた中学時代からの悪ガキ3人組がとてもいい味を出している。65歳までの長かった人生の難局や晴れやかな場面を、互いに助け合いながら過ごしてきたと思われる3人の肩を寄せ合う姿がなんとも言えない。しかもその3人組の一角が難病によって崩れようとしているエピソードも泣かせる。主人公鮒吉を軸に展開するストーリーの周辺に細かなエピソードをそえて、全く無駄のない場面展開は、見る者を全く飽きさせない。
 ともあれ、この映画は並の成人映画ではない。切り取られた細かい風景のひとコマひとコマに人物たちの加齢にともなう心情が、見事に表現されるという芸の細かい本格派、15歳以上の方には、老いも若きも是非見てもらいたい名作。たった64分の短い映画だが、素晴らしい密度、すべからく映画作りはこうありたい。いまおかしんじ監督の実力を実感した映画だった。