武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『ネーデルラント絵画史』 マックス・フリートレンダー著 斉藤稔、元木幸一訳 (発行岩崎美術社1983/4/20)

 ルネサンス絵画の素晴らしさはどれだけ讃えても讃えすぎることはないが、同じようにヨーロッパアルプスを越えた北の方で展開した北方ルネサンス絵画も、イタリアルネサンスに負けず劣らず素晴らしい。この国では、北方ルネサンスへの関心はそれほど高くないためか、関連する書籍はそんなに多くないようだ。もう少し北方ルネサンス絵画の知識の幅を広げたいと思い、本書にたどり着いた。
 一読、著者自身の絵を鑑賞する直感への自信と広範な資料に対する目配りのバランスがよく、良書に出会ったという思いを強くした。堅い調子の翻訳ではあるが、意味はよく通り、正確を意図した語調に好感が持てる。
 内容はネーデルラントで活動した15世紀から16世紀にかけての19名の画家の生涯と作品に触れながら、美術史的な評価をまじえて簡潔に歴史を辿るもの。画家名を見出しにしているが、時系列と影響関係に配慮して並べられており、時代とともに絵画の傾向が推移した様子がつかめるように工夫されている。<ヴァン・エイクからブリューゲルまで>という副題が、本書の内容を象徴している。ホイジンガの「中世の秋」を彩った画家たちの俯瞰図といえばいいか。
 時代の動向を特徴的な概念や流行で代表させる記述ではなく、個々の実在した画家の業績を辿ることによって時代を表現しようとする実証性に重きを置いた展開は、地味ではあるが信頼が置ける気がした。渋い読み味の本なので、一気には読めなくて、ネットで作品を検索したりしながら時間をかけて楽しんだ。挿入されている図版はモノクロで精度もあまりよくなかったので、作品は他で探した方がいいかもしれない。
 その代わり、後ろに詳しい<ネーデルラント絵画一覧>と<参考資料>があるので、とても参考になる。貧弱な図版を補うつもりか<図版対照表>なるものも付いているが、利用方法を思いつけなかった。
 目次を引用しておこう。(作者名の原語の方で検索すると、ネット上で作品がかなり見られて、便利ですよ。)

はじめに/序
ネーデルラントの美術地理
<Ⅰ>
I ヤン・ヴァン・エイク Jan Van Eyck(1390-1441)
2 ペトルス・クリストゥス Petrus Christus(1410/1420-1475/1476)
3 ロヒール・ヴァン・デル・ウェイデン Rogier van der Weyden(1399/1400?1464)
4 ディルク・バウツ Dirk Bouts 1410/1420−1475)
5 ヒューホー・ヴァン・デル・フース Hugo van der Goes(1440−1482/ 1483)
6 ハンス・メムリンク Hans Memling(1430?1494)
7 ヘラルト.ダヴィト Gerard David(1460?1523)
8 へールトヘン・トット・シント・ヤンス Geertgen tot Sint Jans(1465?1495)
9 ヒエロニムス・ボッス Hieronymus Bosch(1450-1516)
<Ⅱ>
十六世紀の概説
I クエソティン・マセイス Quentin Matsys(1465-1530)
2 ヨアヒム・デ・パティニール Joachim Patinir(1480〜1525)
3 ヨース・ヴァン・クレーヴェ Joos van Cleve(1485-1540)
4 ヤン・プロヴォスト Jan Provost(1465 - 1529)
5 ヤン・ホッサールト Jan Gossaert通称Jan Mabuse (1478-1532)
6 ヤン・ヨースト Jan Joest(1460-1519)
7 ヤン・モスタールト Jan Mostaert (1475〜1555/56)
8 ルーカス・ヴァン・レイデン Lucas van Leyden (1489-1533)
9 ヤン・ヴァン・スホーレル Jan van Scorel(1495〜1562)
10 ピーテル・ブリューゲル Pieter Bruegel (1525/30-1569)
訳註/あとがき/図版/ネーデルラント絵画一覧/図版対照表/參考文献

 軽い読み物ではないので読み応えはありますが、知識を補うために本書を手にするなら、十分な満足が期待できます。しっかりした本です。