武蔵野日和下駄

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 『台所のはなし (物語 ものの建築史) 』  高橋昭子、馬場昌子著 (発行鹿島出版会1986/05)

 野外活動をしていて一番苦労するのは、テントの設営を除けば、食事の準備ではないだろうか。調達してきた食材の保存、調理のための熱源と水の確保、調理器具や食器、調味料などの準備と後片付けなどなど、家の中の台所が、いかに便利に設計された場所かつくづくと実感することになる。
 現在のように全ての機能が集中した合理的で便利な場所になるまでに、台所にも長い歴史があったことが推測される。そんな関心が湧いたので、少し調べてみようとしたのだが、なかなか格好の本が見つからなかった。やっとたどり着いたのが本書「台所のはなし」、建築史の各論として書かれた啓蒙的な本だが、興味深いエピソードでつなげるという編成なので面白く読めた。
 現在多くの家庭に普及しているような近代的な台所は、1950年辺りからはじまったらしい。マンションのような集合住宅が本格的に普及し始めた頃に、台所の設計思想が急激に成熟した。本格的な大都市化が、台所の進化を飛躍させたのである。
 それにしても、1950年までの長い台所の歴史の、紆余曲折は興味深い。食にかかわる難題は多く、中でも火と水の取り扱いはやっかいを極め、長く試行錯誤が繰り返してきたことは、予想通り。さらに詳しい時代別、階層別の台所変遷史があるといっそう興味深いという気もした。文献をご存知の方はご教示願えれば有り難い。
 本書の目次を少し詳しく引用しておこう。

第1章 昔の台所―原始から江戸まで 
1 台所ってなに?
2 台所(炉)を核に住居は始まった
3 椅子式生活の奨励は明治政府だけではなかった―律令体制下での唐風の積極的導入
4 台所の語源といわれる台盤所(だいばんどころ)はパントリーであり、女房たちのサロンであった
5 貴族よりも豊かな長者の食生活
6 武家住宅のいろいろな台所
7 儀式となった料理法―近世の武家住宅での接客中心の台所
8 農家の広い台所(ニワとダイドコ)は冠婚葬祭にも大活躍
9 囲炉裏のある場所は屋内の火所であり、多目的空間であった
10 寺院運営の中枢機関だった禅宗寺院の庫裏
11 近畿の近世町家の台所―全国に先がけて普及した立流し
12 今はなき、貴族の別荘での遊興を支えた縁の下のカ持ち―桂離宮の台所
第2章 台所の近代化―明治から戦前まで
1 モースのみた明治初頭の台所―明治維新にも取り残された台所
2 『吾輩は猫である』台所は苦い思い出ばかり―明治の東京の中流住宅の台所
3 「断然西洋式」の大隅重信邸の台所、実は火災がきっかけ―上流社会の模範的改良台所
4 わが国第一号の鉄筋コンクリートアパートには竈(かまど)が使用されていた
5 理想的文化生活を追究した高級マンションの台所―家事作業の能率化と共同化
6 戦前の都市勤労者向きアパートの文化的生活
7 大正時代に花開く台所改良の論議
第3章 今の台所―戦後から現在まで
1 6.25坪の応急住宅の炊事揚
2 戦後初の鉄筋アパートが東京高輪に誕生
3 火と水の犬転換による戦後のわが国の台所
4 戦後の農村住宅の台所改善
5 ステンレス流し台の普及は、DKスタイルを定着させ、主婦を家庭の中心者とした
6 一軒の家がゆうに建った電気冷蔵庫の値段、今やアメリカをぬく普及率
7 未来のおふくろの味?インスタントラーメン
8 主婦のあこがれシステムキッチン
9 欧米にみる美しい台所、わが家にあてはめてみると
10 今も活躍、韓国の台所の竈
あとがき

 食文化という言葉をよく耳にするが、その食文化を支える台所の変遷について、興味深い情報を提供してくれる良書として、食に興味のある方は一度手にとってみられるようお勧めしたい。