武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『杉山平一全詩集上下』 (編集工房ノア1997/2)

 かつての四季派から誕生した畢生の抒情詩人 杉山平一氏が、5月下旬に亡くなられた。現代における叙情詩のあり方を、飽くなき執念で追求され、最後にはライト・バース(深刻な内容をあえて小粋なスタイルで表現した作品群)とでも呼ぶしかないような、軽妙な境地に到達された希有な表現者だった。90歳を過ぎてもなお、言語表現への意欲逞しく、最近になって新しい詩集「希望」を上梓されたばかりだった。
 戦前、1943年の処女詩集『夜学生』を皮切りに、一度も難解や韜晦の道に逸れることなく、明瞭な表象と透き通った意味を組み合わせた叙情性をつらぬき通した本物の詩人だった。刊行された詩集は多くなかったが、作品は膨大な数にのぼった。
 高齢になられてからの作品から、洒落た一編を引用してみよう。広角の視野から、速度感も鮮やかに、ズームレンズを一気に絞り込むように、<あなた>へと接近してゆく表現のダイナミズム、難しい言葉は一言もないが、ホッとため息が出るような見事な佳作である。

標札


飛行機で見おろしていた山又山を
電車でわけ入って行くと
ちがった景色が開けてきました


自動車に乗りかえると
また新しい建物や樹が見えました


くるまを降りて 足で歩いて
ついに
小さな野菊と
あなたの標札を
見つけました

 この全集の「未刊詩編」の項には、この手の珠玉のような作品が数多く並んでいる。天寿を全うされて、思い残すことなく遠くへ旅立たれものと思いたい。ご冥福をお祈りします。