武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『江戸紫絵巻源氏』 井上ひさし著・山下勇三絵(発行話の特集)(画像は本書の表紙+背表紙)

toumeioj32006-07-29

 1990年頃を頂点とするこの国のバブル経済期は、経済史的にはとんでもない狂乱物価で庶民が苦しんだ時代だったかもしれないが、文化創造の面から振り返ると、大人にとっては類稀な面白い時代だったともいえないことはない。庶民の頭とお財布がまれにみる発熱状態だったので、実に奇妙な(今から振り返ると)現象が多数発生していた。あの時代を視点を変えて振り返ってみると面白い。
 とまあこんな前置きをしておいて、最近、読み返して改めて感心した本を紹介しよう。それは、かの有名な「源氏物語」と「偐紫田舎源氏」を合わせてとことんパロディーにした井上ひさしの文章と山下勇三のイラストを組み合わせた「江戸紫絵巻源氏」なる大人の絵物語
 文庫版が文芸春秋社から85年に出ているが、こちらの方は山下勇三さんのイラストは表紙だけ、題名になぜ<絵巻>の文字があるのか訳が分からないのではないか。この作品の面白さは、井上ひさしのとんでもないパロディー文と山下勇三の猥雑でエネルギッシュないイラストが絶妙な紙面レイアウトで一体となった時、ベストの効果を発揮するものだった。1976年1972年までの「話の特集」誌を飾った、連載が何よりも面白かった。 
 だから、この作品は話の特集に連載された当時のレイアウトで読むと、一番楽しめる。そして、この夢のような組み合わせを実現した本が、話の特集発行の「江戸紫絵巻源氏」。
 井上ひさしのパロディー文章だけでも、電車の中でチト気が引ける。文庫も持っているが、表紙をカバーで隠していても中身が猥雑であまりに面白いので、読むのに苦労したことをおぼえている。周辺の視線が木になる本ってあるでしょう。あれです。話の特集版はと言えば、電車の中はおろか、小さな子供のいる家庭ではきっと置き所に困るはず。つまらないエロ本と混同してもらっては困るが、熟しきった大人向けの文化には、往々にしてこういうお子様向きではない作品があるもの。
 文庫にしても上下の2巻、本書はさらに分厚く500ページを越える、それらの見開き全ページが猥雑な文章とイラストの連続、これを奇書といわずして何と呼べばいいか分からない。500ページから熱いパロディー精神がこれでもかこれでもかと溢れ出して止まらない。
 日本語の言葉の含みを最大限に駆使した文章なので、この可笑しさはほぼ別の言語には翻訳不可能。しかし、何という持続する表現エネルギー。この国がバブルに向かう一番エネルギッシュな時代が生んだ作品というしかない過剰な傑作。
 今ならまだネットで探せば、話の特集版がなんとか入手可能、大人の書斎の奥深くに潜ませる、大人の極上の娯楽作品に加えてみてはどうだろう。