武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 『マザー・グースのうた 全5巻 』 谷川俊太郎訳 堀内誠一イラスト (発行草思社 1975/01 )

 30年以上前に出た古い絵本、ロングセラーを続けて現在もなお現役、今でも新刊本が入手できる素晴らしい出版物、全部で5巻からなる安くない本だが、どれか1冊手にしたら全部ほしくなるにちがいない。

 英米文学を少しでも読むと、きっとどこかでおめにかかるイギリスの伝承童謡マザー・グースを、この国の現役の希代の天才詩人、谷川俊太郎が翻訳した詞が素晴らしい。この本が世に出て日本語の児童詩の表現レベルが、いつの間にかぐんと高くなった。それだけではなく、谷川俊太郎の詩の世界自体も、この仕事の後で一段と自在になった。同時に二つの稀に見る成果を生んだ画期的な絵本。絵本の形をしているので、その真価が認められていないくてとても残念。

 絵本の絵の部分がまた素晴らしい。故堀内誠一さんは、この国の高度成長期のグラフィックデザインの革新者として、また新しい絵本作家として、出版界に偉大な足跡を残した大物デザイナー。無数にある作品の中でも、確実に後世に残り続ける名作の一つが、この「マザー・グースのうた」。彩鮮やかな彩色絵の息を飲むような色使い、鉛筆だけのモノクロ画の斬新なイラスト、一体何人のマンガ家がここから秘かに影響を受けたことだろう、計り知れない。

 同じ谷川俊太郎マザー・グース和田誠がイラストをつけた講談社文庫全4巻シリーズもあり、あれはあれでとても楽しい文庫だが、惜しむらくは手頃な文庫にまとめたもので絵本ではない(単行本も出ていた)。今のところ、この国で出たマザー・グースの絵本としては、堀内誠一が描いたこの全5巻シリーズの右に出るものはないし、今後も出ないような気がしてならない。子どもから大人まで、絵心と童心と諧謔と心の飛躍、同時にたくさんの楽しみが得たい時には、このシリーズを開いてみることをお勧めする。