武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 《世界名詩集大成(全18巻)の<1>古代・中世》(発行平凡社)

 「今後二度と出版の機会を得られないと思う」としおりの後記に編集者がメモしたように、このような出版企画は、1960年以降、二度と現れることはなかった。この国が、壊滅的な敗北を喫した大戦のわずか15年後、一企業の中にこのような壮大な文化的な壮挙を成し遂げる力があったことは、この国のその後の成長を背後から支える大きな力の表れではなかったかという気さえする。
 おおげさな前振りを書いてしまったが、この全集には、そんなことを言ってみたくなるほどのインパクトがある。学生時代に文京区の小石川図書館で見つけ、一冊ずつ借りて、全部読めなくて、何度も借り直した記憶が残っている。この本に当たれば、ほとんどの調べたい詩や詩集は見つかるという、便利な全集だった。いや、むしろこの本に紹介されている詩集と詩人の範囲が、この国の外国文学関係者が視野に入れていた標準的な世界の詩と詩集の地平だったような気がしていた。

 青のクロスの装丁で、400ページを超える紙面に細かい字で3段組み、びっしりと詩がつまっていて、若い好奇心と読書欲をそそったことだった。全18巻で、全訳詩集が300以上といえば、その威容が少しはお分かりいただけよう。欲しくて仕方が無かった全集だったが、数年前に、ネットで見つけ、手ごろな価格だったので購入して、定年後の楽しみの一つになっている。(画像は、すっかり日に焼けて帯の部分が日焼けをまぬがれた色白の箱)
 さて、二度と企画されないような企画だが、今ではこんな全集があったこと自体忘れられていると思うので、その素晴らしい内容の一部を紹介してみたい。今回は、その第1巻目。
 内容は、古代ギリシャ古代ローマからヨーロッパの中世まで。ほとんどの詩集が、印刷技術が発明される以前のもの、記録として残っていたこと自体が奇跡のような、紀元前の詩作品が、日本語で読めるという贅沢。この国が縄文時代だったころの文字の記録、しかも言葉の美を意識的に追求した作品ですよ、この1巻目だけでもどこかで見つけてめくってみる価値のある1冊。丁寧な解説と註がついているので、読みやすく分かりやすい工夫が随所になされています。適当に拾い読みするだけでも凄く楽しい。
 内容を俯瞰できるように目次を引用します。

ギリシア・ローマ】
ギリシア抒情詩集     ・作者複数 (呉茂一・藤井昇・河底尚吾訳)
オリュムピア祝捷歌集(全) ・ピンダロス作 (久保正彰訳)  
詩集(抄)        ・バッキュリデース作(高津春繁訳)
讃歌(抄)        ・カリマコス作 (松平千秋訳)
詩集(抄)        ・テオクリトス作 (呉茂一訳)
アナクレオンテア(抄)  ・作者不詳(呉茂一訳)
ギリシア詞華集(抄)      ・作者複数 呉茂一訳)
詩集(抄)        ・カトゥルス作 (呉茂一・坪井光雄訳)
田園詩(抄)       ・ウェルギリウス作 (八木綾子訳)
カルミナ(抄)      ・ホラーティウス作 (呉茂一・坪井光雄・国原吉之助訳)
哀歌(抄)        ・プロペルティウス作(呉茂一訳)
詩集(抄)        ・ティブッルス作 (国原吉之助訳)
名婦の書簡(全)     ・オウィディウス作(松本克己訳)
黒海からの便り(全)   ・オウィディウス作 (松本克己訳)
サトゥラ(抄)      ・ペルシウス作(湯井壮四郎訳)
エピグラム(抄)     ・マールティアーリス作(樋口勝彦訳)
諷刺詩集(抄)      ・ユウェナーリス作 (国原吉之助訳)
愛の女神宵宮の歌     ・作者不詳(国原吉之助訳)
中世ラテン詩人集     ・作者複数(呉茂一訳)
【中世】
ギョームの歌(抄)    ・作者不詳(佐藤輝夫訳)
小曲歌物語(抄)     ・マリ・ド・フランス作(近田武訳)
あわれなハインリヒ(全) ・ハルトマン作(戸沢明訳)
ワルター詩集(抄)    ・ワルター作(石川敬三訳)
ベーオウルフ(抄)    ・作者不詳 (忍足欣四郎・池上嘉彦訳)
真 珠(全)       ・作者不詳 (寺沢芳雄訳)
さすらい人(全)     ・作者不詳 (寺沢芳雄訳)
ぼろおにやびとの控え書(全) ・作者不詳(三浦逸雄訳)
聖母を讃えまいらす歌(抄) ・トーデイ作(三浦逸雄訳)
ブィジーナ(抄)     ・作者不詳(佐々木千世訳)
イゴーリ軍記(全)    ・作者不詳(木村浩訳)
エッダ(抄)       ・作者不詳(松谷健二訳)
ポリスヘの哀歌(全)   ・作者不詳(梅田良忠訳)
コーンスタンティヌポリス占領の哀歌(全) ・作者不詳(梅田良忠訳)

 いかがですか。古い1960年発行の本なので、管理の良くない図書館では、なくなっているかもしれませんが、是非見つけて手にとって見ていただきたい。立ち読みは無理なので、借り出してぱらぱらと読んでみられるようお薦めします。