武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 柴田天馬訳の聊斎志異について(2)

 1945年8月、長かった15年戦争(1931〜1945)が終わり、焼け跡にやっと平和が訪れた。中国との戦争を、日中戦争<8年間の戦争>(1937〜1945)と捉える考え方もあるが、そうなると、第一書房版完訳聊斎志異第1巻が33年に発禁処分になった背景がぼやけてしまいかねない。長かった軍国主義の時代を実感するために、15年戦争という捉え方には意味がある。
 さて、戦後になって出た柴田天馬訳聊斎志異の全訳は、以下のとおり5種類もある。
(1)創元社 全10巻 1951〜52
(2)角川文庫 全8巻 1955〜57
(3)修道社 全6巻 1955と67(箱入と豪華本で2度刊行)
(4)角川文庫 全4巻改版 1969
(5)第三書館 全1巻(1987、改版2007) 
 昭和30年から刊行され翌年全10巻で完成した創元社聊斎志異は、次の53年に毎日出版文化賞を受賞した。その味わい深い翻訳は、多くの人から絶賛された。原文の特徴をできるかぎり生かして日本語文脈に移し、繊細かつ大胆にルビを工夫することによって、画期的な翻訳文を創造している。歴史的仮名使いが妙に文章の流れに合っているのは、歴史的仮名遣いの日本語に移し替えたからである。
 この歴史的仮名遣い版は、以下の3種類、配列に異同があるが、本文テクスト、訳注などほとんど同一といっていい。
(1)創元社 全10巻 1951〜52
(2)角川文庫 全8巻 1955〜57
(3)修道社 全6巻 1955

 柴田天馬が意図した日本語訳は、この歴史的仮名遣い版の3セットに一番よく反映されている。柴田天馬の訳業に拘る人は、このいずれかを入手した方がいい。
 ところで60年代のいつ頃からだろうか、それまで歴史的仮名遣のままだった文学作品が、次々と改訂改版され、いつの間にか、現代仮名遣いに移行し始めた。
 特に、翻訳本は、原作が外国語で原文の制約がなく、翻訳者の立場が作家達よりも弱かったせいか、相当に思い切った改訂が進められるようになった。国の文教政策としての仮名遣い変革の代表的な動きは2回あった。

<現代かなづかい>1946年11月16日(昭和21年内閣告示第33号)
<現代仮名遣い>1986年7月1日(昭和61年内閣告示第1号)

 当時の活版印刷では、原版を組み上げる工程に時間とコストかかり、紙型(しけい)と言われる版を繰り返し使って増刷する仕組みだった。60年代(昭和35年〜45年)は、<現代かなづかい>の時代であり、繰り返し使われてきた紙型が古くなり、版を作り直す時期にあたっており、新刊同様の<現代かなづかい>になし崩し的に移行していたものと推測される。昭和20年代にでた創元社と角川と修道社の版が、<歴史的仮名遣い>を生かしたものであったことは幸運であった。
 さて、問題となるのは60年代以降の<現代かなづかい>を取り入れた柴田天馬訳聊斎志異はどうなったかという問題である。残念なことに、翻訳者の柴田天馬氏は63年に91歳の高齢で亡くなっているので、死後の刊行と言うことになる。
(4)1969年の角川文庫改訂版全4巻
(5)1987年の第三書館全1巻

 まず、角川文庫の改訂版がどのように変わったか、角川文庫どうしで比べてみよう。二枚の画像を用意した。 (画像をクリックしてオリジナル画像を見ていただきたい)ご覧のように、大幅な変更が加えられていることがお分かりいただけよう。人によって、気が抜けたとか、改竄だとか、感じ方はいろいろだろうが、角川文庫改訂版は、柴田天馬氏がもし生きていたら何と言っただろうか。ただし、この改訂版は井上洋介氏の飄逸な挿画もあって実によく売れた、9年間で14版も出るロングセラーになった。
 もう一つ、第三書館版の同じ所を画像でお見せしよう。私には、こちらの方は、節度ある<現代仮名遣い>のように思えるがどうだろう。この版は、編集上も大胆でユニークな工夫が凝らされており、面白い企画である、相当の聊斎志異フリークが手を貸したものと思われる。
 これまで検討してきたことから分かったこと、柴田天馬訳聊斎志異が、改訂されておかしくなってしまったという同好の氏の嘆きは、角川文庫改訂版ただひとつのことだった。おかしなもので、今回、私も入手してしまったが、このことが判明して、角川文庫改訂版は読む気が薄れてしまった。
 どうして、このようなあまりにも大胆な改訂がされてしまったのだろうか、ご存知のかたはご教示ねがいたいものである。
 その後のチェックで、現行の平凡社版『中国怪奇譚/聊斎志異全6巻』(平凡社ライブラリー)は、以前の同社奇書シリーズの『聊斎志異上下巻』とほとんど同じものだという事がわかったので、同じ箇所を参考のために画像引用してみよう。柴田天馬訳の名訳ぶりが再確認できよう。