武蔵野日和下駄

10歳から続く乱読人生、年季の入った活字中毒、頭の記録メディアがダウン寸前、記憶のダイエット装置

 退職者の日々、第2段階へ(1)

 昨年の秋頃、とうとう住まいの書庫という書庫が満杯になってしまった。身辺を見回してみると本だけではない。二十代半ばからの子育て年代の遺物から、長年の現役時代の遺物まで、愛着があって捨て切れなかった品々に囲まれて、老年期の現在が押しつぶされそうになっていることに気がついた(笑)。

 これは拙いと、書庫の整理や、当面必要としない品々の処分に手をつけてはみたけれど、始末におえない。途方に暮れた。古本や古物に価値を置かない人から見ると、ゴミに埋まって暮らしているように見えるかもしれない。最近まで、居心地は悪くなかったのに、急に鬱陶しく感じるようになってしまった。

 本を読んでも、気に入ったものが手元に置いて置けないとなると、読んでいてもなんとなく味気ない。これには参った。そんなこんなで、長いスランプに陥り、ブログを更新する気力も凋んでしまった。そろそろ更新したかなとアクセスしてくださった方には申し訳なかった。

 思い起こせば、定年退職してすでに8年、ほぼ義務教育期間に相当する期間、念願だった読書三昧の日々を、よくぞ続けてこられたものである。この定年退職第1期に不満はない。だが、少々飽きもきていた。次の段階への転機に差し掛かっているのかもしれない。

 というような訳で、長い模索のトンネルを潜り抜ける仕儀となった。更新再開のためのリハビリのつもりで、この数ヶ月間の老年前期の彷徨を記してみよう。